354 クロコドの悩み
クロコドは俺たちを軍の幹部が集う建物へ連れて行ってくれた。
魔王城の隣には二の丸的な建物があり、地方から集まってきた領主たちはそこで寝泊まりしている。
領主と言っても、元服間もない若造たちだ。
父親が勇者に殺されてしまったので、代わりにその息子たちがゲンクリーフンまでやってきた。
クロコドは誰を次の幹部にするのか、まだ正式には決めていない。
なので、幹部の席は空いたまま。
死亡した幹部の息子たちは暫定的に幹部候補という形で滞在している。
「わしが抱えている問題はな。
つまるところ、人材育成に関してのことだ。
候補者たちがあまりに未熟すぎるゆえに、幹部として推薦すべきか頭を悩ませている」
「彼らは殺された幹部のご子息なのですよね?」
「ああ、そうだ。
奴らにはその役割に見合うだけの器がない。
わしも色々と試してみたのだが……」
そう言って頭をかくクロコド。
彼も色々と苦労しているようだ。
「とりあえず、ここにかけて待っていてくれ。
直ぐに呼んでくる」
クロコドは俺たちを食堂へ案内してくれた。
白いテーブルクロスがかけられた長い机の前に、いくつもの椅子が整然と並べられている。
俺とシロは並んで座り彼らの到着を待った。
「…………」
シロは大人しく椅子に座って黙ったまま動かない。
この子はとことん子供っぽくないな。
騒いだりしないし、いたずらもしない。
もうちょっと子供らしく振舞っても良いと思うのだが。
「シロ、魔王城の外へ出たのは、お祭りの時だけだったな」
「そう」
「今日も外へ連れてってやるぞ」
「本当に?」
「嬉しいか?」
「うん」
あんまり嬉しそうじゃないね。
表情も全く変わらないし。
「待たせたな」
クロコドが部屋へと入ってきた。
「あれ? ひとりだけですか?」
「うむ……他の者は外出しており、不在だった。
連れて来られたのは彼一人だけだ」
「そうですか……」
俺はその一人へと目を向ける。
「アナタは?」
「あっ、僕は……そのぅ……」
もじもじする犬の獣人。
犬種はシベリアンハスキー。
見た目がごっつくて怖そうなのに、おどおどして落ち着かない。
「落ち着くのだ、マルストよ。
しっかり挨拶をするのだ」
「はっ……マルストと言います……よろしくです」
マルストと呼ばれたハスキーの獣人は自分の名前を告げる。
「どうも、私はユージと申します。
同じ幹部として互いに力を合わせ、ゼノを発展させましょう」
俺は立ち上がって自己紹介。握手を求める。
「あっ、どうも……」
俺の手を恐る恐る握り返すマルスト。
手がぶるぶる震えている。
「そう緊張なさらなくても、大丈夫ですよ」
「で……でも……幹部の方なんですよね?
何か無礼があったらと思うと……緊張して、緊張して」
「え? ああ……でもマルストさまも幹部に……」
「僕には幹部なんて……とても……とても。
むっ、無理だああああああああああ!
うわあああああああああああんん!」
泣き出すマルスト。
どうなってんだよ、これ。
「あのぅ……クロコドさま?」
「見ての通りだ、ユージよ。
マルストは自分に自信がなく、プレッシャーに弱いのだ」
見ての通りって……見た目に反して随分と弱気だな。
どうやらこのマルスト君。
父親が死んで幹部の座を継ぐことになり、自信がなくて困っているようだ。
「あの……クロコドさま。
大変、申し上げにくいのですが……」
「貴様の言いたいことは分かっている。
だがな、他の者を選出するわけにはいかんのだ。
彼の父とわしは約束をしていて……」
「子供に後を継がせるという約束ですか?」
「うむ、その通りだ」
彼に幹部の座を継がせなければならない理由とは?
「何故、その約束を?」
「それは……貴様にも分かるであろう。
幹部の座を追われたものが、どうなるか……」
「いえ、それが……」
「む? 貴様は知らんのか?
幹部の座を追われれば、領地を取り上げられるのだ。
マルストが後を継がなかったら彼の家族は故郷から追い出され、別の者が領地を引き継ぐことになる」
「なんと……」
幹部の事情とかあまり詳しく知らなかったので驚いた。
割とシビアなんだなぁ。
クロコドは幹部が所有する領地の権限について話してくれた。
この国では幹部となった者は領地を与えられ、税収や労働力を自分のものにできる。
しかし、それはあくまで幹部の地位についた者にのみ認められた特権。基本的に世襲はされず、空きが出来た場合は別の獣人に引き継がれる。
幹部が死亡した場合、次の幹部を決めるトーナメント大会が開かれることになっている。
獣人同士で戦って強いものがその地位に就く……らしい。
そんなこと全く知らなかったなぁ。
てか、そんなシステムだったら俺なんて絶対に幹部になれないじゃないか。
トーナメントなんて参加した記憶はないぞ。
「なんで私は幹部になれたのでしょうか?」
「テルルが強く推していたからなぁ。
わしも彼の意見を無下にできず、当時は仕方なーく受け入れたのだ。
トーナメント戦も実施しない異例中の異例の抜擢だったがな」
テルルさん……ありがてぇ。
あなたがいたから俺は幹部になれました。
本当にありがとうございました。
「あのぅ……今の話が本当であれば私も領地が貰えたはずですよね?」
「それはだなぁ……」
目を逸らすクロコド。
「どうされました?」
「いやぁ……あの時はなぁ。
アンデッドなぞに領地がやれるかと幹部たちが反発してな。
仕方なーくわしがその領地を……」
「え? クロコドさまが?
本来、私が授かるはずだった領地を代わりに?」
「うっ……うむ」
クロコド、目を合わせようとしない。
つっても俺には眼球がないので、合わせようがないのだが。
「あー。そうですかー。
私の領地をクロコドさまがー」
「人聞きの悪いことを言うな!
一時的に預かっているだけだ!」
一時的にって……永久に預かってるつもりじゃないだろうな?
「では、そのうち……」
「分かっておる!
望むのなら、いつでもその領地を返す。
わしは最初からそのつもりだった!」
「本当ですかぁ?」
「わしを疑うというのか⁉」
疑うなんてとんでもない。
ちょっとからかっただけだ。
俺はそんなこと知らずに、次の幹部を面接で決めようとしていた。
少し慎重になった方がよさそうだぞ。
領地を治めるには相応の能力が要求される。
内政に明るい者でなければ、幹部として指名することはできない。
軍を率いる統率力と、敵を倒すための力も必要。
まぁ、最弱モンスターの俺でも幹部になれたのだ。
何か秀でた能力が一つあるだけでもいい。
領地を管理する能力。あるいは軍団を率いる能力。どちらかを持っていれば十分だろう。
誰かいねぇかなぁ?
やっぱり獣人じゃないとダメなのかね。
「領地の件についてはさておき。
マルスト殿のことは早めに蹴りをつけておきたいですね。
他の幹部候補の方々にも、問題がありそうですし……」
「マルストは素直なだけまだいい。
ターマスなんて最悪だったぞ」
「ターマス?」
他の幹部候補の名前?
何だか嫌な予感がするぞ。
「ああ、カバの獣人でな。
暴れて手が付けられんのだ。
この前も街に出て悪さを……」
もしかして昨日会ったチンピラみたいなやつか?
アイツだったら最悪だぞ。
俺は妙な不安を感じた。
恐らく杞憂に終わらない。
「ユージ、大丈夫?」
表情を変えないシロが不安そうな顔になっていた。




