353 ワニの部屋
さっそく、街へ調査へと向かいたいところだが、その前にやっておくべきことがある。
クロコドにも同様の報告をしなければならない。
前回、ハーデッドの一件で俺は報告を怠り無駄に混乱を招いた。
信頼できる相手には直ぐに報告することにした。
クロコドに伝えておけば、いざという時に力になってくれるだろう。
なんだかんだ一番信頼できる幹部だからな。
と言うことで、早速彼の所へ。
シロも一緒に連れていく。
クロコドは城内に住んでいるが彼の自宅は別にある。
地方に領地を持っているので、そこが本当の住処だ。
領地経営は比較的うまくいっているらしい。
親族が有能で完全に任せているそうだ。
他にも地方に領地を持っている者もいたのだが、この前のマリアンヌの一件と、それ以前の襲撃などで領地を所有する幹部たちはほぼ全滅。
死亡した幹部の息子たちが領地を受け継ぐとかいう話も耳にしたが、現状どうなっているのかはサッパリ。
軍の指揮権はクロコドに移ったが持ち主がいなくなった領地の話とか詳しく知らん。
◇
クロコドの部屋に到着。
入り口でクマとトラの獣人がにらみを利かせ立っていた。
ギラリとした瞳で俺を睨みつけている。
「……まて」
俺が近づくと二人は槍をクロスしてゆく手を塞ぐ。
「クロコドさまにお会いしに参りました。
ご在室でしょうか?」
「何の用だ?」
「早急に報告すべきことがありまして……」
「……ちょっとそこで待っていろ」
クマの獣人が部屋の中へ入って行った。
待ってる間、トラが俺をずっと睨んでいる。
気まずいので早くしてほしい。
「……入れ」
戻ってきたクマが一言。
二人はさっと一歩後ろに下がり道を開けてくれた。
俺はその間を軽く会釈をして通る。
「クロコドさま……失礼いたします」
「おお、貴様か」
クロコドは大きなブラシで自分の背中をこすっている。
風呂にでも入ってたのかな?
彼の部屋は全面タイル張り。
あちこちに観葉植物が置いてあった。
部屋は暖炉の火で温められていて、大きな窓で沢山の光を取り込んでいる。
明るいし、暖かいしで、南国気分。
床が微妙に湿っていた。
水生の獣人なので、水気を好むようだ。
「お取込み中の所、申し訳ありませんでした」
「構わん。むしろ丁度いい所へ来てくれた。
すまんが、わしの背中をこれで磨いてくれんか?」
そう言ってブラシを手渡してくるクロコド。
これで背中をこすればいいのか?
「承知しました……どの辺りを擦ればよろしいでしょうか?」
「先ずは背中の真ん中あたりだな。
凹凸の間を、隙間なく丁寧に頼む」
「かしこまりました」
俺はクロコドからブラシを受け取り、彼の背中をこする。
クロコドの背中はとても大きくゴツゴツしている。
これをくまなく綺麗にするには手間がかかる。
下手したら一日つぶれてしまいそう。
「ユージ、私にもやらせて」
右手を前に差し出しながらシロが言う。
「おい、これは遊びじゃないんだぞ」
「構わん、やらせてやれ」
「え? よろしいのですか?」
「ああ……やりたいのならやらせてやれ」
「クロコドさまがそうおっしゃるのでしたら……」
俺はシロにブラシを手渡す。
背の低い彼女では手が届かないので、クロコドは床に腹ばいになってくれた。
「うんしょ、うんしょ」
「ああ……いい気持だ」
クロコドの背中に乗り、ブラシで一生懸命に掃除をするシロ。
微笑ましい光景。
ワニのお世話をする幼女。
ずっと見ていても飽きない。
「それで……わしに何の用だ?」
シロを背中に乗せたまま、腹ばいのクロコドが尋ねてくる。
その姿勢のまま話をするつもりか。
「ええ、実は……」
領内に潜伏している勇者が魔王の留守を狙って反乱を起こす、という噂話について伝える。
「勇者が奴隷とオークをけしかけて反乱を?」
「ええ、詳しいことはまだ分かっていませんが。
何らかの勢力が秘密裏に準備を進めているのは確かなようです」
「だが……奴隷はともかく、オークたちが?
わしには奴らが反乱を起こすとは思えんぞ」
レオンハルトと同じ反応。
俺だってそう思う。
「ですが、何事も警戒するに越したことはありません。
私はこれから街へ出向いて真相を確かめる所存です」
「うむ……ということは、既に魔王様には……」
「無論、報告済みです」
俺はどや顔でそう言う。
表情筋がないので気分だけドヤる。
「ふぅむ……そう言うことであれば……。
わしも動いた方がよさそうだな。
貴様はどのように調査を進めるつもりだ?」
「私は……」
俺は今日考えている予定について話す。
とりあえず行くのは奴隷市。
不審な人物が出入りしていないか聞き込みを行う。
次に、オークたちのたまり場である酒場。
彼らから話を聞き、どんな不満を抱いているのかを確かめる。
とにかく地道に情報収集を行い、噂がどこまで本当なのかを確かめるつもりだ。
「ううむ……貴様は勇者を捕まえる気がないのか?
オークたちから不満など聞いて、何になる?」
「クロコドさま、お言葉ですが……。
この問題はこの国の内政に関わること。
外敵を駆除したところで解決はしません」
「なんだと?」
眉間にしわを寄せるクロコド。
別に勇者がいるかどうかは問題ではないのだ。
本質的には、この国の内政の問題。
獣人たちが絶対権力を握っているこの国で、他の種族がどんな思いで暮らしているのか知る必要がある。
きちんと彼らと向き合うことができれば、勇者が反乱を扇動したところで何も起こらない筈だ。
この問題を放置していたら……勇者の有無にかかわらず、遅かれ早かれ問題が生じる。
内乱になれば戦争どころではなくなり、アルタニルへの侵略も取りやめになるだろうが。
俺はそう言う形での平和を望まない。
「この国には多くの種族が生活しています。
オークやゴブリン、他の魔族たち。
そして……獣人の血を引く奴隷。
獣人と彼らとの関係に歪が生じることで、敵につけ入る隙を与えてしまったのです。
今一度、我々を取り巻く環境を顧みて、どんな問題が生じているのかを知るべきです」
「なるほど……わが国が抱える問題を解決しない限り、勇者を倒しても、反乱の火種は残り続けると」
「……然り」
クロコドは勢いよく鼻から息を吐く。
「シロよ、もういいぞ。降りてくれ」
「分かった」
「随分と丁寧に磨いてくれたな。
おかげですこぶる気分がいい。
感謝するぞ」
「気にしないで、好きでやったことだから」
「ふふ……素直でいい子だ」
そう言ってほほ笑むクロコド。
素直でいい子?
ちょっと違う気もするが……まぁいいか。
「ユージよ、わしもその調査に協力しよう。
何を手伝えばいい?」
のそりと立ち上がったクロコドが尋ねる。
「では、まず……軍での聞き込み調査を行って下さい」
「え? 軍の?」
「軍の内部でも獣人とオークとの間に、何かしら問題が生じているはずです。
諸所の問題に彼らがどう対応しているのか、または解決されないまま放置されてどうなったのか、仔細に調査して頂きたい」
「軍の内部に? 問題?
ううむ……獣人とオークが揉めているとは思えん。
わしとしては受け入れがたいが、一度協力を申し出た身だ。
貴様の言う通りにしよう」
素直に従ってくれるクロコド。
非常にありがたい。
「それと、ユージよ。
わしの方からも話があるのだ」
「なんでしょうか?」
「詳しい話はこれからする。
わしと一緒に来てくれ」
まだ何か問題があるのか?
これ以上、仕事が増えるのは勘弁してほしい。




