352 有り得ない話
翌日。
俺は早速魔王のもとへ。
「おはようございます! 閣下!」
「うむ……シロちゃんも一緒か」
「魔王、おはよう」
「……おい」
同級生に挨拶するようなノリのシロ。
注意するがレオンハルトは気にしていない様子。
いつものことなので……まぁ、良いか。
「早速、ご報告があります! 実は……」
「もういいから。十分だ」
俺の話を遮るレオンハルト。
「え? まだ何も話してませんが……」
「全部任せる。委細、万事、全て。
お前に任せると言ったのだユージよ。
必要な書類があればサインするから持ってこい」
「はぁ……」
もう話すら聞きたくないってか?
流石にそれは怠惰が過ぎるだろう。
魔王はダウナーな表情で俺を見ている。
面倒ごとを押し付けられたような顔。
俺自体が面倒そのものってか?
「ですが話くらいは……」
「俺はなぁ、どうやって戦うかで頭がいっぱいなんだ。
兵糧とか、兵站とか、ヘイト管理とか、面倒な話はもう聞きたくない。
できれば開戦の間まで、そっとしておいてくれないか?」
「ええ……まぁ……分かりました、はい」
どうやら彼は、イメトレで忙しいらしい。
邪魔しない方がよさそうだな。
つっても報告しなかったら後でまた困ったことになるはずだ。
出発寸前で待ったなんて言ったら、流石にこの人でも怒るだろう。
「もしかしたらこの国で反乱がおきるかもしれないと、とある情報筋から聞いたのですが……その件については開戦前夜にお伝えしますね……では」
「おい、待て」
急に真剣な顔になる魔王。
「反乱だと?」
「ええ、なんでも奴隷たちが反乱を起こすらしいです」
「どこからの情報だ?」
「確かな情報筋から」
「その情報筋が誰か教えろと言っているのだが?」
「情報筋は情報筋です。
誰もが情報筋であり、誰かが情報筋なのです」
「お前……俺を馬鹿にしてるのか?」
滅相もない。
敬愛するレオンハルト閣下を馬鹿にするなど、天地がひっくり返ってもありえんな。
あっはっは。
「情報筋の話はさておき。
我々がアルタニルへ進軍した隙を狙って、何者かが行動を起こそうとしているようです。
詳しいことはまだ分かっていませんが……」
「仮にもし、その何者かが反乱を起こしたとして、この国が崩壊するようなことがあると思うか?
奴隷が獣人に逆らったところで結果は目に見えているであろう」
その通り。
俺もそう思った。
「確かに、奴隷が獣人に歯向かっても直ぐに鎮圧されるのは目に見えています。
ですが……襲ってくるのは本当に奴隷だけでしょうか?」
「なんだと?」
眉を寄せるレオンハルト。
そう怖い顔をするなっての。
「人間の奴隷以外が敵となったら獣人でも苦戦するのでは?」
「人間以外の種族ってなんだ?
誰がゼノに喧嘩を売るというのだ」
「例えば……」
例えば誰だろう?
人間以外で魔族と敵対する種族なんていたか?
エルフもドワーフもハーフリングも中立だし、彼らが表立って魔族と敵対するとは思えない。
「そうですね……例えば……オークとか」
「ふっ、お前も焼きが回ったな、ユージよ。
オークが反乱を起こすなど有り得んだろうが」
鼻で笑うレオンハルト。
俺も、そう思う。
オークは比較的おとなしい種族だ。
農耕や狩猟をしてのんびり暮らすことを好み、滅多に争いなんてしない。
しかしひと度、戦いになれば彼らは徹底的に戦う。
ぺんぺん草一本残さない勢いで全てを蹂躙し、跡形もなくなるまで戦い続ける。
オークたちは勇敢な戦士でもあるのだ。
俺がまだ、人間だったころ。
何度か人間界でオークを見かけたことがある。
彼らは奴隷として働かされていた。
鎖につながれたオークたちが重い荷物を運んで列をなしていたのを覚えている。
決して主人に歯向かうことはせず、どんなに厳しい環境に置かれても彼らは決して不平不満は口にしないで従い続けた。
ある日、一人の少年が彼らに石を投げた。
当たり所が悪く、一人のオークがケガをしてしまう。
すると、彼らは途端に暴れ出して鎖を引きちぎり少年に襲い掛かった。
その少年はなんとか逃げ切ることに成功したが、周囲の畑や建物は荒らされてしまい滅茶苦茶に。
駆け付けた冒険者たちが何とか鎮圧したものの、数人の死者を出す結果となった。
暴れたオークは全部で三人。
殺された冒険者は六人。
村人も巻き込まれ二人が犠牲になった。
オークたちは当然、その場で処分。
少年の一家も村八分となり、出て行かざるを得なくなった。
俺にとっても衝撃的な出来事で、今でも鮮明にその時の光景を思い出すことができる。
普段は大人しいオークがあんなにも凶暴になるとは、思ってもみなかった。
大勢の犠牲が出た凄惨たる結果となったが、村では新たに奴隷オークを仕入れて働かせていた。
彼らの労働力は馬鹿にならず、いるといないとでは作業効率にかなりの差が出る。
だもんで、どんなに危険でも奴隷オークを使わざるを得ないのだ。
まぁ……こちらから刺激さえしなければ彼らは決して歯向かったりはしないので、これからも人間はオークたちを奴隷として働かせるだろう。
刺激しない限り彼らは平和を保つ。
それは街でのオークたちのふるまいを見ても分かる。
しかし……だ。
オークたちが反乱を起こすことは決して有り得ん話でもない。
あの石を投げつけた少年のように、獣人たちが一線を越えれば……オークは頼りがいのある仲間から、最悪の敵へと変貌を遂げるだろう。
「有り得ない話ではありませんよ、閣下。
獣人たちのふるまいは目に余るものがあります。
昨日の出来事なのですが……」
「はいはい、お前の言う通りだよ! んもぅ。
獣人たちがオークを見下しているのは分かっている。
だが、それは昨日今日で始まったことではない。
この国の覇権を初代獣王が握ってから、支配者は獣人と決まっている。
その状況がずっと続いているんだぞ?
なんで今更オークたちが反乱を起こすんだ」
「それは……」
正直、俺にも分かんない。
だってテキトーに言ってみただけなんだもん。
「勇者が……なんかこう……いい感じに扇動して……」
「そんなテキトーな口車に乗るほど、オークたちもバカではないと思うが?」
「では、逆にお尋ねします。
獣人の無茶苦茶に耐え続けるほど、オークは気の長い連中なのでしょうか?」
「ううむ……」
悩むレオンハルト。
彼はオークと言う種族について詳しく知らないらしい。
即答できないのが何よりの証拠だ。
「閣下、反乱の話はあくまで噂です。
しかし……もしその噂が真実なのであれば、
我々は今回の戦争でも敗北することでしょう。
そうならぬためにも……」
「徹底的に調査をして、憂いを取り払う必要がある。
……と言うわけだな?」
「その通りでございます」
レオンハルトは深くため息をつく。
「では、さっそく調査を頼む。
ただし無期限でと言うわけにはいかん。
今日から三日、時間を与える。
その間に情報を集め、噂の信ぴょう性を確かめろ。
場合によっては開戦を遅らせねばならん」
開戦が遅れるのは別に構わない。
予定が少し後にずれ込むだけだ。
これから本格的に冬が訪れる。
わが軍はあえてその時期に侵攻を開始し、敵地に赴こうとしている。
どうせ時期がずれるのなら、暖かくなるまで待っても良いんじゃないかな。そっちの方が皆も戦いやすいだろう。
俺はどっちでもいいけど。
「分かりました!
三日以内に確かな情報を集め、ご報告に参ります!」
「それまで顔出さなくてもいいぞー。
あっ、でもシロちゃんは連れてきてねー」
などとレオンハルトは言う。
この前そのシロを殺そうとしたのは誰なんでしょうねぇ?