35 密室から消えた嬰児
「え? なんで⁉ いつ、誰が⁉」
俺は警備を担当していたオークに尋ねた。
「それが、分からねぇんでさぁ。
交代で見張りを立てていたはずなんですが、
部屋の中を確認したら、
いつの間にか消えてまして」
「ええっ……」
いつの間にか消えてたって……誰かが盗んだのか?
部屋は密室で地下深く。侵入経路も限られている。誰かが侵入したとは考えにくい。だとしたら……。
「なにをしているんです?」
見張りのオークが不思議そうに尋ねる。
俺は床に這いつくばって辺りをまさぐり、何かが落ちていないか確かめる。
すると、床にくぼみができていのが分かった。敷き詰められていた石が一部、無くなっている。誰かが引き抜いて持って行った?
んなハズない。
こつん。
なにかが手に触れる感触がした。これは……。
「おい、これはなんだ?」
「へ?」
俺が手に取ったのはゴツゴツした石。
不自然に転がっていたのだ。
なんの変哲もない石だが妙に暖かい。
「おぎゃあああああああ!」
「うわぁっ! ビックリした!」
警備のオークは腰を抜かす。
俺が持っている何かが泣き声を上げたからだ。
卵の殻にヒビが割れたかのように、俺が持っていた石に亀裂が入った。砕けた欠片が零れ落ちて本来の姿を現す。まぎれもなく、あの嬰児だ。
「どうやら姿を変えていたようだな」
「いやぁ、よく分かりましたね。
どうしてそれがこの部屋にいると?」
「他に出入り口がないからな。
どこにも逃げ出す余地がないのだ。
貴様らが仕事をさぼったとは思えん。
賄賂で買収されるほど欲深くもない。
オークとはそう言う種族だ」
「俺たちをそんな風に評価してるんですねぇ」
彼は嬉しそうに鼻の下を指でさする。
オークは純朴で、謙虚で、素直で、等身大の自分を大切にする。
野望や、野心など持ち合わせておらず、呑気に暮らすのを好む温厚な種族だ。
賄賂なんて絶対に受け取らないと思う。
「勿論だ。獣人よりもよっぽど信用できる」
「あんまり大きな声で言わない方が良いですよ」
「構わん、どうせ彼らからは嫌われてるからな」
「へぇ、魔王様のお気に入りなのに?」
俺が魔王のお気に入り?
「誰がそんなことを?」
「態度を見てれば誰でも分かりますよぉ。
あの気難しい魔王様が気を許す人なんて、
ユージさんくらいしかいませんよ」
気難しい……ねぇ。ただのバカだと思うんだけどな。
「それにしても、なんですかね、それ?」
「分からん。勇者の秘密道具としか……」
「道具? 生きてるんじゃないですか?」
「いや、鼓動も呼吸も脈もない。
明らかに生物とは違う。
だが……」
それは俺の手の中で手足を動かしている。
勝手に動く上に、擬態もできるのか。
本当になんなんだろうか、これは。
もしかして……成長してる?
だとしたら怖いな。
これからどうなるか分からん。
魔王に報告すべきか?
……あの人に相談したところで、実のある回答があるとは思えない。だが報告くらいはしておいた方が良いだろう。どうせすぐに忘れると思うけど。
俺の手には余るので、またサナトに相談だな。コイツが動き回らないよう、結界的なものをこしらえなければならん。
と言うことで早速、行動に移そう。
俺は魔王城へ向かい、魔王を叩き起こす。
「ううん……なぁに? まだ眠いんだけど……」
眠気眼をこすりながら、魔王は寝床から這い出る。
「すぐにでも相談したいことが……」
「それはいいけどさ。
遠慮なく俺の寝室に入って来るのはどうなの?
それでもお前、俺の家臣のつもり?」
思い出したように正論を吐くな。
いつも通り天然ボケしてろ、このアホ。
「大変なご無礼、お詫び申し上げます。
ですが今は一大事でして……」
「一大事?」
「実は、かくかくしかじかでありまして」
「なぁんだ、そんなことかぁ」
そう言って大きなあくびをするレオンハルト。
この人は事の重要性が分かっていない。
「と言うことで、必要な手立てを講じるべく、
特別予算の計上をお願いしたいのです」
「あーはいはい、分かった。分かった」
「書類を用意しましたので、ここにサインを」
「いいよ、いいよ」
さらさらと自分の名前を記入する魔王。
これでひとまずオッケーだ。
「それでは失礼します!」
「もう夜中に突然、呼びに来ないでね!」
「申し訳ありませんでした」
「じゃぁ、おやすみー」
魔王はベッドにもぐりこんだ途端、大きな鼾をかき始める。
寝るの早すぎ。
次はサナトだが……彼女を夜中に起こすのはちょっと……。
せめて明日の朝まで待とう。
それまで赤ん坊と遊んでようかな。
俺は中庭へ行って地面に嬰児を置いた。
それから周りを囲って逃げられないようにし、傍でどう動くのかを観察する。
嬰児はゆっくりと身体を動かし、地面を這いずりまわっていた。赤ん坊にしては動きが速い。
囲いの方まで這いずって行くと、壁にぶつかって動けなくなってしまった。
すると……。
ドンっ!
勢いよく囲いを押し倒す。すげぇ力だ。
俺は両手で赤ん坊を抱きかかえ、じっと見つめる。
見てくれはなんの変哲もない普通の赤ちゃん。息をしていないので生きているとは言えないが、普通の赤ん坊と同じように動き回る。
不思議なことに、抱きかかえている間は大人しくしている。暴れられたら俺の身体が壊れてしまうので助かった。
そのまま朝が来るのを待つことにした。
夜明け。
早速、サナトの所へ相談に行く。
彼女は魔王城に住んでおり、専用の部屋が与えられている。
幹部級の待遇と言っていい。
部屋は好き放題に改造済み。
私物も持ち込んで自分だけの空間を作り上げた。
俺がスカウトする際に、内装は自由にしてよいと許可を出したのだ。
彼女が仕事を受け入れてくれたのもそれが大きい。
サナトの部屋の扉には、ファンシーな文字で名前が書かれていた。魔王城には似つかわしくない。実に不自然。
「サナトぉ、起きてくれぇ!」
「なんなんですか、朝っぱらからぁ」
ナイトキャップを被り、眠そうに目をこするサナトが顔を出した。当たり前ではあるが、髪は降ろしている。
「実はこの赤ちゃんが……」
「え?」
怪訝そうな顔をするサナト。
「それが……赤ちゃん?」
「うん?」
俺は抱えていた赤ん坊に目をやる。
気づかないうちにとんでもない変化が起きていた。