345 互いが産んだ卵を女の子(人外)が食べさせ合う
「お集まりいただいた皆様!
盛大な拍手でお出迎え下さい!」
司会的な人が聴衆に語りかける。
彼は猿の獣人だ。
これから何か催し物が始まるらしい。
席に着いた客は今か今かと期待に胸を躍らせてステージを眺めている。
現れたのは二人組。
キツネとタヌキの獣人のコンビだった。
二人は獣人にしては珍しく服を着ていて、ズボンとチョッキを身に着けている。
これから何をするのだろうか?
ぼんっ!
キツネは机に化けた。
どうやら変化の術が使えるらしい。
タヌキはその上にのって別の物に化ける。
それはなんと大きな岩。
机に化けていた狐は元に戻り、岩に潰されてギエー的なことをする。
乗っているのはタヌキなので重くはないはず。
これはコント的な催しなのだ。
ウケはそこそこ良いようで、観客たちはクスクスと笑っている。
このレベルの寸劇でも受けるのなら何をやっても笑ってくれそうだな。
ウサギのウェイターは三人が待つ席へと案内してくれた。
トリティトティトの身体が大きいので遠くからでもどこにいるのか分かる。
「あー! ユージさぁん! 遅かったですよぉ!」
真っ赤な顔のムゥリエンナが言う。
もうすでに出来上がっているようだ。
「すまんな、用事が立て込んでいて」
「お仕事ばっかりやってたらダメです! めっ!」
ムゥリエンナは向かいの席に座った俺の額を人差し指で一突きする。
普段は絶対にこんなことしないのだが、酒の力で気が強くなった彼女は遠慮なく距離感を縮めてくる。
まぁ……こういうノリも嫌いじゃない。
別に仕事中じゃないし遠慮なく羽目を外してもらって構わない。
「えへへへへ。ユージさぁん。
なんで骨なんですかぁ。
肉がついてたらもっと素敵だったのにぃ」
「……そうだな」
「口数が少ないですぅ!
もっと喋ってくださいよぉ!
ほら、トリっち!
トリっちもなんか言って!」
トリティトティトの背中をバンバン叩くムゥリエンナ。
……あんまりやりすぎると殺されるぞ。
「おお、怖い、怖い。
アラクネは非常に狡猾なことで知られていて、
群れに仇なす存在を集団で追い詰めると聞きます。
ムゥリエンナさんも気を付けた方がいいですよ、はい」
ヨハンが物騒なことを言う。
ムゥリエンナのお父さんの知り合いなので、そんなことをするとは思えないが……何事にも限度がある。
「トリっちぃ! 喋ってよぉ!
もっとなにかぁ、喋って頂戴よぉ!」
「うん」
「ほらぁ! 一言しか言わないっ!
もっと何か喋らないとぉ。
時代の波にのまれちゃいますよぉ!」
「大丈夫」
「大丈夫って、なーにを根拠に言ってるかぁ!」
ムゥリエンナは悪乗りして、トリティトティトに絡んでいる。
酔ったら最悪なタイプだろ、この人。
この様子だと、また泥酔コースかな。
誰が面倒みると思ってるんでしょうねぇ。
「いやぁ、ユージさま。
お仕事大変そうですが大丈夫ですか?
わたくしでよければ手伝いますよ、はい!」
「あはは。お気持ちだけで結構ですよ」
酒が入っているからか、ヨハンもやけになれなれしい。
「あっ、ユージさぁん!
良かったら私のタマゴ食べますぅ?
さっき産んだ所なんですぅ」
湯気の立つ生暖かいタマゴを満面の笑みで差し出すムゥリエンナ。
だーかーらー!
やめろって言ってるだろ!
よくよく考えたら、かなりヤバい行為だぞ。
「いっ……いらん。しまえ」
「ええっ、なんでですかぁ?
私のことが嫌いなんですかぁ?
私はユージさまのこと、
こんなにも愛しているのにぃ!
どうして、どうして、なんで、なんで⁉
うわああああああああん!!!」
わんわんと泣きわめくムゥリエンナ。
手が付けられない。
「欲しい」
トリティトティトが救いの手を差し伸べる。
……え?
この人、なにを考えてるんだ?
マジで言ってるの?
「ダメですぅ!
これはユージさまのですぅ!
どうしてもって言うんなら代わりに何かくださぁい!」
「うん」
「え? 何かくれるんですか?
何を? 何を?」
「待ってて」
そう言ってトリティトティトは突然いきみはじめた。
「むむむ!」
両手をグーの形にして、脇をしめ、梅干を食べたような顔をするトリティトティト。
六つもある瞳が全て閉じられ思いっきり眉間にしわを寄せていた。
彼女が何をしようとしているのか。
なんとなく想像できる。
「……ふぅ」
トリティトティトは途端にリラックスした表情になり、自分の腹部をいじり始めた。
何かを取り出しているようだが……。
「これ」
「え? 何ですかこれ」
「タマゴ」
「トリティトティトさんの?」
「そう」
くれと言われて、即行で産卵したのか。
すげーなおい。
トリティトティトは黒い半透明の球体をムゥリエンナの手の上に置く。
それはテニスボールくらいの大きさで掌にすっぽり収まるサイズだった。
「ええっと……これと私のタマゴを交換したい?」
「そう」
「あはは……あはっ、あっ、ありがとうございます」
一気に酔いがさめたのかテンションダダ下がりになるムゥリエンナ。
「じゃぁ、私のも……どうぞ」
「感謝」
トリティトティトは差し出された卵を手に取るとテーブルの端にぶつけてひびを入れ、手前にあるグラスの上でクラッシュ。中身をビールの中にドボン。マドラー的なものでグルグルとかき回し、グビグビと一気飲み。
「美味」
トリティトティト。
ムゥリエンナのタマゴをペロリ。
プレゼントされた生みたて卵を、なんの躊躇いもなく一飲みにする。
すげーやトリティトティト。
「わっ……私も……」
「これ」
貰った卵をじーっと見つめるムゥリエンナに、トリティトティトは料理を取り分けるためのナイフを差し出す。
「これで切るんですか?」
「上だけ」
「分かりました、やってみます」
「端から」
「端からナイフを挿入するんですね?」
「スライド」
「そのまま滑らせるように切る……と」
トリティトティトはジェスチャー付きで切り方をレクチャー。
ムゥリエンナが言われたとおりにナイフを滑らせると、卵の殻は綺麗にぺりっと剥ける。
「すっごぉい! 中身がきらきらに輝いてる!
でも、どうやって食べればいいの?」
「飲む」
「このままですか?」
「そう」
「分かりました……じゃぁ!」
口をつけて一気に飲み干すムゥリエンナ。
そのお味は――
「おいしいっ! 何これ! 初めて食べた!
まるで夜空に浮かぶお月様を全部飲み込んだみたいな、甘美で深みのある、まろやかな味わい!
これこそ至高の逸品!」
キラッキラに目を輝かせて賞賛するムゥリエンナ。
いささか表現が回りくどいが、美味しいという気持ちは十分に伝わってきた。
「ヨハン」
「あっ、私は遠慮しておきます、はい」
トリティトティトのタマゴを遠慮するヨハン。
そりゃ断るよな、普通は。
「…………」
トリティトティトは俺の方をじっと見ている。
すすめるかどうか迷っているのだろう。
「よかったら一つ、いただけますか?」
「どうぞ」
不憫に思った俺はタマゴを貰うことにした。
「ぶー! ユージさま!
いつもは私のタマゴ、貰ってくれないのに!」
頬を膨らませるムゥリエンナ。
お前が変なこと言ったから、トリティトティトは無理して産んだんだろうが。
余らせたら可哀そうだろう。
「我々はとんでもないものを目撃しましたね。
互いが産んだ卵を女の子同士が食べさせ合うなんて、非常にエロティックな光景ですよ、はい」
ヨハンが俺の耳元でささやく。
確かにそうだな。
一歩間違ったらかなりヤバい。
俺にはそう言う性癖はないので、なんとも思わないが……興奮する人っているのかな?




