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341 地下室の奴隷

「こちらです……」


 ウーは俺を地下室へと案内する。


 石造りの階段を降りてその奥へ進むと、ほの暗い地下牢が目に付いた。

 小さな小窓から外の明かりが、かろうじて差し込んでいる。


 照明はウーの持つ蝋燭の光だけ。

 ほぼ真っ暗な地下室のなかで小さな炎がゆらめく。隙間風で炎が揺らめくと鉄格子の影が大きくゆがんだ。


 鎖につながれた一人の女性が牢の中に敷かれた藁に腰を下ろして歌を歌っている。


「青々とした草原が、何処までも続いている。

 私はあなたを迎えに行く。

 その草原の果てにいるあなたを~♪」


 その歌声はとても綺麗で思わず聞き入ってしまった。


 しかし……どこかで聞いたメロディだな。

 どこで聞いたんだろう?


 思い出せそうで、思い出せない。


「歌ってないで、こっちを見な。お客様だよ」

「……奥様?」


 ウーが声をかけると、その女性は歌うのを止めてこちらを見る。


「ほら、立って挨拶をして。

 もたもたするんじゃないよ」

「申し訳ありません……」


 そう言った彼女はゆっくりと立ち上がった。

 首につながっている鎖が、じゃらじゃらと音を立てる。


 その女性はとても細くスラッとした体形をしていた。

 粗末な奴隷服を着ている。


 ひどい扱いを受けているようにみえるが、肌にはつやがあり、肉付きも良い。

 黒くて長い髪も整っていて健康状態は悪くない。


「私は……ヘレナと言います」

「初めまして、ユージです。

 この家の主のヌルと仕事をしています。

 お初にお目にかかれて光栄に存じます」

「あっ、どうも」


 俺が握手を求めると、彼女はおそるおそる手を伸ばして骨の手を取った。


 ヘレナの手はほのかに暖かい。


「彼女はずっとここに?」

「いえ、日中は私の仕事の手伝いをさせています。

 買い物に連れて行ったりとか、掃除を一緒にしたりとか。

 食事は日に二回。

 週に一度は風呂に入れています。

 ちゃんと専用のトイレもあるので、うちの待遇は悪くないんですよ。

 ねぇ、ヘレナ?」


 ウーが尋ねるとヘレナはうんうんと頷いた。


 確かに、ウーの言った通り。

 基本的に奴隷には一日に一回しか食事をさせない。

 風呂に入れるところなんてほぼないだろう。


 それに……この地下室の環境。

 普通に住むとしたら最悪な環境ではあるが、奴隷の寝床と考えるとそうでもない。


 藁は新しいもので頻繁に取り換えているのが分かる。

 変なにおいもしないし清潔な環境。


 部屋の隅には小さなボットン便所があった。

 床に穴をあけただけの粗末なものだが、きちんと用を足せる場所があるのはすごい。

 奴隷の用足しなんてタライで十分だからな。


「あの……ヘレナさん。

 アナタはヌルをどう思っていますか?」

「……え? 分かりません」


 力なく答えるヘレナ。

 彼女にとってヌルは、ただの飼い主なのかもしれない。


「スーについては?」

「あの子を産んだのは私。

 でも、私の子供ではない。

 奥様の子供です」

「…………」


 ちらりとウーの方をみる。

 彼女は仏頂面でヘレナを見ていた。


「産みの親ではあるけど、育ての親ではないと?」

「私はオークではないので、彼女の家族になる権利がない。

 奴隷ですから……」

「ふん」


 ウーが小さく鼻を鳴らす。

 当然だと言わんばかりの反応だった。


 二人の関係が段々見えて来た。

 ウーは絶対的な権力でヘレナを支配している。けっして覆ることのない二人の関係性は、ヌルが彼女を連れ帰ってからずっと続いていたのだ。


 自由どころか子供さえ奪われ、人としての尊厳を完全に失ってしまったヘレナには、ただ従うしか生きるすべがない。


 残酷な現実ではあるが受け入れざるを得ない。

 奴隷として生きるのは、そう言うことなのである。


 ヘレナからもっと情報を引き出したいが、ウーがいると聞きづらいな。


「あの、よろしければ……彼女と二人で話してもよろしいですか?」

「え? 何を聞くつもりなんです?」

「その……ヌルとの関係などを……」

「…………」


 ウーは面白くなさそうな顔をする。

 だが、断ったりはしないと思った。


「ええ、構いませんよ。

 私は上にいますので。

 何かあったら声をかけて下さい」

「はい、分かりました……」


 ウーは明かりを置いて、地下室を出て行った。


 彼女を座らせ、俺も牢屋の前に腰を下ろし、落ち着いた口調で語り掛ける。


「さて……ヘレナさん。

 アナタにはいろいろと聞きたいことがあります。

 ヌルとはどこで出会いましたか?」

「奴隷市で」


 当たり前の答えが返って来た。


 そりゃそうだよな。

 我ながら、馬鹿なことを聞いた。


「彼はどうしてアナタを買ったのですか?」

「分かりません……突然、私の前に現れて……」

「彼がアナタに興味を持った出来事とかは?」

「いえ……特には」


 ヌルは気まぐれで彼女を買ったのか?

 何かしら理由があるような気もするが……。


「ヌルに買われてから、彼との関係は?」

「あの人はやさしくしてくれました。

 寒い日には上に羽織るものを貸してくれたり、余ったお金で果物を買ってきてくれたりと……色々と気を使ってくれました」

「アナタたちが身体の関係を持ったのは……彼が要求したからですか?」

「いえ、私から誘いました。

 何度もお願いしてようやく……ですけど」


 ううむ……なおさらヌルがこの人を買った理由が分からんな。

 性処理の道具として扱っていたわけではないようだ。


 ただ単に一緒に暮らしたかった?

 仕事を手伝わせてウーを助けるため……ではないよな。


 やはり本人に直接聞いてみるかぁ。

 本題はスーとヌルの関係なので、ヘレナのことについては聞かなくてもいいのだが……なんとなく気がかりなのだ。

 喉元に刺さった小骨が取れないような、なんとも言えないもどかしさを感じる。


「それと……もうひとつお伺いします。

 ヌルの元へ来る前にも子供を出産しませんでしたか?

 獣人との間に出来た女の子を」

「ええ、どうしてそれをご存じなのですか?」


 不思議そうに俺を見るヘレナ。


 これはまさか――!


「その女の子は犬の獣人との間にできた子供ですか?」

「……そうです。

 彼女が生まれてから少しして……猫の獣人の男に子供だけを買われて、離れ離れになってしまいましたけど」

「娘を買ったその男の名は?」

「ええっと……」


 ヘレナは直ぐに思い出せず、しばらく頭を悩ませていた。


 犬の獣人との間に生まれた女の子。

 その子を買ったのは猫の獣人。

 ピースが一つずつはまっていく。


 犬の獣人も、猫の獣人も、この国にはごまんといる。

 奴隷の親子が引き離されるのはよくある話。種族が一致したからと言って確定するわけではない。


「ああ、思い出しました。

 その猫の獣人の男は――」


 ヘレナはその名を告げる。


「奴隷商人は彼を、ライネットと呼んでいました」


 全ての点が一筋の線で繋がった。

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