340 家庭の事情
スーのことを尋ねた途端に険悪な空気が漂う。
そりゃそうか。
あの子は人間の奴隷との間に生まれた子だ。
奥さんが面白く思うはずがない。
スーを家族だとは認めておらず、触れられたくないのかもしれん。
しかし……ヌルの家庭環境がよく分からんな。
見たところ平凡な家族って感じがする。トラブルもなく平和に暮らしている感じの一家だ。
家族の主であるヌルが奴隷に手を出した理由は?
そもそもオークって一夫多妻制だったかな?
「実は昨日……」
俺は昨日の出来事についてウーに伝える。
今日この家を訪ねた目的についても話す。
「……と言うわけで。
ヌルとスーの関係について、事情を聞こうと思ったのです」
「そうですか……スーが……」
よろよろと椅子にもたれかかるウー。
三兄弟が慌ててその身体を支える。
「あの……大丈夫ですか?」
「えっ、ええ……平気です」
と言いつつ、全然平気そうじゃないウー。
この様子だと話を聞くのは難しそうだ。
「そう言えば……ヌルはいつ帰ってくるんですか?」
「わかりません。
あの人がどこで何をしてるかなんて、私には全く……」
力なく答えるウー。
心ここにあらずと言った感じだ。
スーのことは聞けそうにないな。
本人と直接話すか?
「あの……今日はこれで失礼しようかと思います。
突然お邪魔して申し訳ありませんでした」
「あっ、待って下さい。
ちゃんと話をしておきたいんです」
「スーについて?」
「……はい」
ウーは事情を話してくれるつもりのようだ。
「アンタたち、これあげるから、外で何か好きなものを食べておいで」
彼女は棚から財布を取り出して銀貨を一枚息子たちに渡す。
「え? でも夕食の準備をしてたんじゃ……」
「それは明日にでも食べればいいよ。
ユージさまと二人で話がしたいんだ。
ほら、早く」
「わっ、分かったよぉ」
三兄弟に一人が銀貨を受け取ると、三人はすごすごと部屋から出て行った。
「さて……何から話しましょうね」
「そうですね……差し支えなければスーについて。
お聞かせ願えればと」
「わかりました……」
ウーはたどたどしい口調で、ポツリ、ポツリと話し始めた。
今から十数年前。
俺がゼノへ来る前の話。
この街に移住してきたヌルとウー、その息子たち。
彼らはゲンクリーフンの郊外に家を建て、細々と暮らしていた。
ヌルの稼ぎはあまり良くなく、子供たちを育てるのは精いっぱい。
明日をも知れない毎日を送っていたという。
生まれたばかりの幼子を抱えながら、上の子の面倒を見て家事をこなすのは容易ではなかった。
近所のオークたちと助け合いながら何とか生活を続けていたが、思いもよらないことが起きる。
ヌルは人間奴隷の女を連れて来たのだ。
食っていくのもやっとな状況なのに、奴隷を飼う余裕なんてあるのかと抗議するウー。
しかしヌルは全く相手にせず家に住まわせることを決めた。
夫の不埒な行いを受け入れられず、子供を連れて家を出ようかとさえ思った。
しかし……不思議なことに女を家に迎え入れてから、ヌルの稼ぎが格段に良くなったと言う。
今までよりもずっと稼ぐようになったヌル。
一家を養うのに十分なほどの蓄えができて、手下を大勢雇って仕事をするようになった。
一家の生活水準は瞬く間に改善。
やがては一軒家を購入できるまでになり、誰もがうらやむ良い暮らしを送る。
女の奴隷は良く働いた。
ウーの家事を手伝い、子供たちの面倒を見て、てんやわんやだった家庭を支えてくれた。
彼女は妊娠しているようだった。
お腹にいるのはヌルの子だと言う。
はらわたが煮えくりかえるような思いだったが、稼ぎの良い夫に文句を言うことはできず、黙って耐えることにした。
やがて女の奴隷は子供を出産。
人間のような容姿をしたその子供に、ヌルはスーと名前を付けた。
スーはすくすくと立派に成長。
ウーは他の子どもと分け隔てなく自分の子のように接した。
相手もそれを分かってくれたのか、素直なよい子に育ってくれた。
「私は彼女に対して冷たく当たったりしませんでした。
スーも私を受け入れていると思います」
想像していた状況とは違った。
ウーの話を聞く限り、スーは何不自由なく暮らしいていたようだ。
差別されることもなく、他の兄弟と同じように愛情を受けて育った。
……ってことになっているが。
実際の所はどうなんだろうな?
「もしかして、なにかスーのことでお悩みですか?」
「それについては……これから話します」
ウーは一層表情を暗くする。
ここからが本題なのだろう。
成長したスーは身体を鍛え、戦う訓練を始めた。
兄たちが仕事について働いているなか、彼女は一人で鍛錬を積んだという。
その理由を尋ねると彼女はこんなことを言った。
『私達オークには自分の国がない。独立して国家を建設するんだ』
ウーはそれが獣人の耳に入れば、ゲンクリーフンを追い出されると思った。
絶対に他所でそんなことを言ってはいけないと彼女をしかる。
スーは素直に反省して二度と同じことを言わなくなった。
それでも彼女は訓練を続けたという。
「あの子は斧を振り回せるほど立派になりました。
本気で入隊するつもりのようです」
「……そうですか」
「あの、ユージさま。
どうかお願いですから、スーを止めてあげて下さい。
彼女は何も知らない無知な子供なんです。
だから……」
身体を震わせながら懇願するウー。
「分かりました。
この件に関しては内密にしますので、どうかご安心を」
「はい……よろしくお願いします」
テーブルに額をこすりつけ懇願するウー。
俺は彼女を不憫に思った。
大体の事情は分かったが、スーから直接話を聞いた方がよさそうだな。
彼女を説得して変な気を起こさせないようにしよう。
そうしないと、後々厄介なことになる。
「そういえば……スーの母親はどこに?」
「あの女は母親なんかじゃないっ‼」
テーブルに手を叩きつけるウー。
突然の大声に驚いて、ひっくり返りそうになってしまった。
「あら、失礼。おほほほほ」
笑ってごまかそうとするウー。
彼女のテンションの変わりように驚きを隠せない。
なんで急に怒ったんだよ……。
「いえ……あの……」
「彼女なら、この家の地下にいます。
会っていきますか?」
「……ええっと」
別にスーの母親に会う必要はない。
だが……。
「そうですね、少しだけ話を聞ければと……」
俺はその人に会うことにした。