34 次の教育係
シャミから現状を聞かされた俺はなんとかしようと思い、マムニールに相談することにした。
もう遅い時間ではあったものの、彼女は快く相談に乗ってくれた。
ありがたい。
「……というわけなんです」
「それは、厄介な問題ねぇ」
ガウンを羽織ったマムニールは紅茶を一口すする。
彼女のそばにはケモミミ奴隷のメイドがおり、いつでも紅茶を注げるようスタンバっている。
メイドは犬のケモミミハーフ。髪としっぽの色はグレーとホワイトのグラデーション。ほっそりとした体形で身長が高め。髪型はアシメでクールな雰囲気。
ミィの話題が出ても表情を全く崩さず、すました顔で立っている。
「それで……どうすれば良いでしょうか?」
「あまり心配なさらなくても、
ミィちゃんは大丈夫でしょう。
仕事ができないのは問題だけれど、
できすぎて困るという話は聞いたことがないわ」
「でも、シャミが……」
俺がそう言うと、マムニールはクスクスと笑う。
「本当にお優しいのね、ユージさんは」
「ええ、まぁ……」
「シャミのことなら心配いらないわ。
私がちゃんとフォローするから。
明日はミィちゃんの教育係に別の子を任命して、
日替わりでローテーションすることにするわ。
二人がずっと一緒にいない環境を作れば、
彼女の不安も解消されるでしょう」
「あっ、ありがとうございます」
しかし、そうなると今度はミィが心配だな。
別の子が教育係になったら、彼女はちゃんと仲良くできるだろうか?
「その教育係というのは?」
「そうね、彼女なんてどうかしら?」
そう言って傍にいるメイドを見やるマムニール。
「アナタなら引き受けてくれるわよね? ベル?」
「はい、奥様」
メイドの少女は二つ返事で引き受けた。
彼女は非常に優秀でマムニールが重宝する奴隷の一人。
それでもやはり不安は残る。果たして、本当に大丈夫だろうか?
「あっ、あの……ベルさん……。
くれぐれもよろしくお願いします」
「ああ、そんな口の利き方はだめよユージさん。
この子は奴隷なんだから。
ハッキリとした命令口調で言わないと」
そう言えばそうだな。
冷静に考えたら俺は魔王軍の幹部で、彼女は獣人が飼っている一奴隷に過ぎない。下手に出てお願いするのは何か違う。
「では改めて……ベル。
君にミィの教育係をお願いする。
くれぐれもよろしく頼むぞ」
「かしこまりました、ユージ様」
そう言って恭しく頭を下げるベル。
うーん、よく教育されている。
彼女の所作も全てマムニールが叩きこんだのだろうか?
だとしたらすげーな。
「流石はマムニール婦人。奴隷の教育も完璧だ」
「ユージさんにそう言ってもらえると嬉しいわ」
「そう言えば、その子にも戦闘の訓練を?」
「ええ、彼女は隊長さんなの。
メイド奴隷で一番偉いのはこの子。
訓練でも皆を引っ張ってくれているわ。
きっと戦場でも大いに役立つでしょう」
マムニールが自信を持って推す子なのだから教育係も完璧にこなすだろう。
戦場で役に立つかどうかは微妙だな。訓練って言っても的に当てる練習しかしていない。実際の戦場に放り込んだら、どれくらい役に立つか。
「ええ、大いに期待しています。
まぁ……ご婦人の方が活躍しそうではありますが」
「ふふふ、本当にお口がお上手ね」
「いえ、別にお世辞を言ったわけでは……」
マムニールの弓の威力は規格外だ。
命中率も驚異的だった。
「それでは、私はこれで失礼します。
相談に乗って頂きありがとうございました」
「ユージさんの悩みならなんでも聞いてあげるわ。
遠慮なく私を頼って頂戴。
なんなら朝まで語り明かしてもいいのだけど」
「それはまたの機会にお願いします。
急ぎの用事があるので、本日はこれで……」
「あらら、フラれちゃった」
残念そうにするマムニール。
付き合っても良かったのだが……例の嬰児が気がかりで様子を見に行きたい。オールでお茶会ってのも嫌じゃないんだけどね。
なんにせよ、これでシャミの件は決着だな。
少なくとも彼女がミィに悩まされることはもうない。
ミィがベルと上手くやれるか心配だが、なんとかなるんじゃないかと思う。明日また様子を見にこよう。問題が発生していたらマムニールに相談だ。
その時はお茶会に付き合ってもいいかもな。
「それではこれで……。
今日は本当にありがとうございました」
「お礼は結構よ。明日も来るのでしょう?」
「ええ、ミィが心配ですので」
「ねぇ、気になっているのだけれど……。
どうしてただの奴隷にそこまで気を使うの?
アナタにとってあの子って、
いったいどういう存在なのかしら?」
「それについては……ヒミツで」
「ふふふ、ヒミツね」
にこやかに笑うマムニール。
深く追求してこないのも、彼女の良い所だ。
「ベル、農場の出口まで彼を送ってあげて」
「かしこまりました、奥様」
俺は軽く会釈してマムニールの居室を出る。
ベルは俺の前を歩いてランプで道を照らしてくれた。
月明かりがあるとはいえ外は暗く、足元がおぼつかないので助かった。
「見送りはここまでです。
お気をつけてお帰り下さい」
農場の出口で立ち止まり、軽く会釈するベル。
「ありがとう、助かったよ」
「ユージ様、言葉遣いが……」
「うっ……うむ。
感謝するぞ。ベル。
教育係の方もよろしく頼む」
「はい、かしこまりました」
ランプを置いてスカートの裾を両手でつまみ、カーテシーのポーズをする。
実際に見てみると良い感じだな、それ。
魔王城にもメイドの導入を検討したい。
「それでは失礼します」
ベルは元来た道を戻って行った。
彼女の歩く後ろ姿は実に優雅。
まるでモデルみたいだな。
さて……もう一仕事行きますか。
俺は勇者のアジトへと向かう。
そして、あの嬰児が忽然と消えてしまったと聞かされることになる。