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339 ヌルの家と家族

 用事が済んだので、ヌルの家庭問題について。


 スーは戦場行きを志願したが、ヌルは寝耳に水だったようだ。

 二人にすれ違いが生じているのか、それとも関係性があまり良くないのか。どちらにせよ放ってはおけない。


 嫌な予感がするので早めに解決したい。二人の関係がこじれたら面倒なことになりそうな気がする。

 仲たがいしたままヌルが戦場で命を落としたら、スーはやり切れないだろう。

 開戦までに決着をつける必要がある。


 俺は魔王城を出てヌルの家へ向かう。


 時刻は夕暮れ時。

 オレンジ色の太陽が地平線の彼方へと沈んでいく。


 あちこちから夕飯のいい匂い。

 住人たちは仕事を終えて帰路につく。


 俺は人波をすり抜けるように移動して繁華街から裏路地へ。

 奥へ奥へと進んでいく。


 あまり人通りのない道だが比較的悪くない立地。

 魔王城も近いし、出勤時間も短い。買い物も近場で済ませられるので、割と条件の良い場所だ。


 裏通りの環境はあまり良いとはいえない。

 地面にはゴミが転がっているしかび臭い。微妙に汚水のにおいもする。治安も決して良いとはいえない。

 ここに住みたいとは思わないな。


 しばらく進むとヌルの家が見えて来た。

 三階建ての立派な建物。大工の彼が自分で建てただけあって、見た目からしてしっかりしている。外壁も真っ白に塗られていて美しい。


 他の家は壁に穴が開いていたり、瓦が剥がれたりしていてボロボロ。ヌルの家だけ妙に小ぎれいなので浮いてしまっている。


「すみませーん! こんにちわー!」

「はいはーい」


 ノックをして呼びかけると、直ぐに扉が開いた。


「あら……もしかしてユージさん?」


 現れたのはオークの女性。


 この人がヌルの奥さんなら年齢は中年くらい?

 オークって年をとっても見た目があまり変わらないので、ぱっと見で何歳なのかよく分からない。


 それに……オークは人間と比べて老け顔だからなぁ。子供でも人間のおっさんみたいな奴がいる。

 相手が何歳なのか容姿だけで推し量るのは、元人間の俺にとって割と無理ゲーだったりするのだ。


「はい、そうです」

「あらぁ、初めましてぇ。

 ヌルの妻の、ウーと申します。

 いつも主人がお世話になってます」


 そう言って深々と頭を下げるウー。

 感じのいいひとだな。


「いえいえ、彼にはいつも助けられています」

「うちの主人を拾って頂いて、本当に助かりました。

 感謝の言葉もありません」


 すげー感謝されているが、俺はテキトーにスカウトしただけで、特別なことは何もしていない。


「ヌルは間違いなくゼノで一番の大工ですよ。

 彼ほど良い仕事をするオークは他にはいません」

「でも、それはこの国の中の話でしょう?

 他国には優秀な大工が大勢いるでしょうし。

 正直、この国の建築技術が進んでいるとは、とても思えなくて」


 確かに、彼女の言う通り。


 ゼノには優秀な建築家がいない。

 獣人は生命力旺盛で野宿しても気にしない連中だ。住環境にこだわらない奴が多い。


 ゲンクリーフンを出て別の街へ行くと、バラックや掘立小屋なんかで暮らしている獣人が多い。下手したら竪穴式住居とか適当に掘った穴倉とかで生活している奴もいる。


 ゼノの建築技術はレベルが高いとはとても言えない。


 いや……建築だけじゃない。

 ゼノは人間や他の魔族の国と比べると、技術面ではるかに劣っている。

 製造されている製品のほとんどが低品質なものばかりなのだ。


 刃物や金具なんかは粗悪品が多い。

 包丁は刃こぼれするし、切れにくい。

 釘は何本かに一本は曲がっていて使えず、蝶番ちょうつがいは直ぐに壊れてダメになる。


 職人は真面目に仕事をしているようだが……他の国と比べて低レベルなのは間違いない。

 元人間の俺にとって、この国で作られる品物はとても貧相に見える。


「ユージさま……本当は主人をどう思ってますか?

 他国でも十分通用する腕の持ち主だと思いますか?」


 彼女は俺のヌルに対する本当の評価を知りたいのか?

 なんて答えればいいんだろうか。


「そのぅ……」

「隠さなくてもいいんですよ。

 実は……主人は気の小さい男なんです。

 ユージさまの本当の評価が気になって真剣に悩んでいたんですよ」


 え?

 あのヌルが?


 ヌルはおおらかで細かいことは気にしない性格だと思っていた。

 いつだって笑顔だし、落ち込んでいるところを見たことがない。


 実は繊細な人だったんだな。


「そうだったんですか……」

「ふふふ……変なことを聞いてごめんなさいね。

 立ち話もなんですし、中へどうぞ」


 俺はウーに促されて中へと入る。

 ヌルの家に上がるのはこれが初めてだ。


 玄関を上がってリビングへ。

 家の中はよく掃除されていて、埃一つ落ちていない。棚には小物や食器が整然と並べられている。テーブルクロスにはシミ一つない。


 机の上には花瓶に飾られた一凛の黄色い花。

 百合に似ているが……なんて名前の花だろう?


 うん? 以前にもどこかで見たことがあるな。

 どこでこの花を見たんだっけか?

 ……思い出せない。


「いやぁ、とてもキレイですねぇ」

「オーク族の家がこんなにキレイだと意外ですか?」

「え? あっ、いや……失礼しました」


 思ったことをそのまま呟いてしまい、慌てて口を閉ざす。

 さすがに失礼だったかな。


「私達オークは本来、綺麗好きな種族なんですよ」


 オークが綺麗好き?

 あんまりそう言う印象はないなぁ。


 あっ、でも……ノインは自分の牙をピカピカに磨いていたな。仕事場も清潔に保っているし。アイツから不潔な印象を受けたことは一度も無い。

 俺が思っているよりオークはキレイ好きなのかもしれん。


 だけどまぁ……人によるんだろう。

 ヌルは牙の手入れはあんまり熱心じゃなかった。


 街で見かけるオークはみすぼらしい恰好をしている。


 いろんな人がいるからなぁ。

 種族でひとくくりにはできない。


「あっ、そうだ。

 息子たちを紹介しますね。

 ちょうど仕事を終えて戻ってきたところなんですよ。

 みんなー! お客さんよ! おいでらっしゃい!」


 ウーが呼びかけると、奥からどたどたと階段を駆け下りてくる音が聞こえる。


「どうも、長男のイルです」

「次男のソーン」

「三男のユチ!」


 現れたのは三兄弟。

 どいつもこいつも似たような顔をしてやがる。


 容姿はいたって普通のオーク。

 ハッキリ言って見分けがつかん。

 三人とも顔が良く似てやがる。


 んでもってガタイが大きい。

 三人も集まると部屋の中がぎゅうぎゅうだ。


「いやぁ、仲がよさそうな三兄弟ですね。

 アハハハハ……」


 他に言うことがない。

 テキトーに世間話でもするか。


「そう言えば、スーはいないんですか?

 彼女のことで聞きたいことがありまして」

「……え?」


 ウーの顔がこわばる。

 三兄弟はやべぇと言った様子で顔をしかめた。


「……もしかしてあの子が何か?」


 ウーは震える声で尋ねる。


 なにやらすげーヤバい空気。

 スーのことは触れられたくないのだろうか?

 それとも――。

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