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334 ユージの打算、レオンハルトの妙案

 俺は聖職者に統治を任せる理由を説明する。


「理由は簡単です。

 彼らを統治者として選任することで、住人たちは安心感を得ることができるのです」

「安心感だと?」


 ハーデッドは首をかしげる。


「何故、安心するのだ?」

「それは我々が信教の自由を約束し、文化や思想を尊重していると、彼らに示すことができるからです」

「確かにまぁ……そうなるな。

 聖職者が街を治めることになれば、人間どもはひとまずは安心するだろう。

 だがそれは本当にうまくいくのか?」

「ええ、我々が直接統治するよりも、ずっとやりやすくなるはずです」

「その根拠は?」


 根拠ならある。


「教会に勤める修道士たちであれば、文字の読み書きくらいはできるでしょう。

 それなりに知識もあるはずです。

 街を管理する仕事を任せるのに十分な能力を持っているはずです」

「ふむ……それもそうだな。

 だが連中が反乱を起こす可能性もあるだろう。

 浄化魔法で消されかねんぞ」


 ハーデッドの意見はもっともだ。


 その可能性は大いにある。

 だが……。


「そんなことをして、不利な状況に立たされるのは彼らの方です。

 我々が街を占領してしまえば従わざるを得ないはずです」

「随分と楽天的な見方だな。

 余には奴らが素直に従うとはとても思えん。

 それに……その作戦にはリスクがある」

「リスクですか?」

「ああ、連中の信仰している神など、我々にとっては異端の宗教にすぎん。

 他国からの反発は免れんぞ」


 ハーデッドからの思わぬ指摘にぎょっとする。

 この人、そこまで考えられる人だったんかい。


「確かに……そうかもしれませんね」

「邪神教をまとめる教皇の権力は甚大だ。

 奴がその気になれば、この国など消し飛んでしまう。

 不用意に喧嘩を売るような真似をしてはならん」

「では……」

「聖職者は問答無用で処刑すべきだ。

 もしくは、アンデッド化させるとか……。

 そのまま放置すれば教皇の怒りを買うことになるぞ」

「…………」


 確かに、ハーデッドの言う通りだ。


 魔王たちは邪神教の教皇に仕える立場であり、国の統治を委任される形で玉座についている。


 イスレイの不死王ハーデッド。

 ヴァジュの魔女王ミライア。

 シナヤマの鬼眼王ドンドルズ。

 イェツェイの海王マチェ。

 フォロンドロンの竜王フラフニート。

 ヘルドの魔神王サタニタス。

 そしてゼノの獣王レオンハルト。


 世界に名をとどろかせる7大魔王たちは、邪神教の教皇に仕える忠実な家臣たち。

 それを束ねるのは――


「ポリティス・ファルカス。

 誰もあの男に逆らうことはできん」


 ハーデッドがポツリと言う。


 教皇ポリティスは、魔族たちを束ねる長。

 その権力はあまりにも絶大で、彼がその気になればゼノを滅ぼすことなど実にたやすい。


 ……と言うのはあくまで表向きの話。


 数十年前。

 と言うかそれよりもずっと前から、教皇の存在は形骸化している。


 要はただのお飾りになっており、教皇は魔王たちをコントロールする立場にない。

 7大魔王は教皇の顔色など窺わず勝手に治世を行っている。


 それはハーデッドも良く知っているはずだが……。


「いやいや、まさか。

 占領地の統治についてまで、教皇様が口を出してくるとは思えません」

「貴様がそう思うのは自由だが、不利益をこうむるのはゼノの国民だぞ。

 異端の烙印を押されたら最後。

 この国は完全に孤立するだろう。

 国民を危機にさらすのは本意ではあるまい?」

「うっ……ううむ……」


 流石に黙らざるを得ない。

 ハーデッドの言っていることは正論だ。


 宗教関係の揉め事は実に根が深い。

 一朝一夕で解決できるような生易しい問題ではないのだ。


 占領した土地に住む聖職者やその信者を野放しにしていたら示しがつかない。

 教皇はそう考えるだろう。


 他の魔王たちはどう思うのかな。

 やっぱり反発するのだろうか?


 と言うか、さっきから他の二人が静かだ。

 クロコドもレオンハルトも何も言わない。

 意見を求めてみるか。


「クロコドさまはどう思われますか?」

「え? わし⁉ ううん……」


 急に話を振られたクロコドはびっくりして、資料をぺらぺらめくって見返している。


 この問題については書かれてないのだが……。


「わしは……そうだな。

 直接、獣人が統治するのが一番だ。

 だが、わしの部下には街の管理ができる者がおらん。

 せいぜい税を徴収するくらいが関の山」

「左様ですか……」


 何とも弱気な発言である。

 もっとしっかり意見を言って欲しい。


「それでわしから提案なのだが……。

 聖職者以外の人間を統治者に選ぶのはどうだ?

 探せばいくらでも見つかるだろう」

「適切な人材でなければ難しいと思います。

 彼らにも利害の一致、不一致の問題がありますし、内側に多くの問題を抱えているはずです。

 聖職者を選んだのは、反発する者が少なく、民衆が受け入れやすいかと思ったからです」

「そうか……ふむ」


 クロコドは腕組みをして黙り込んだ。


 確かに、聖職者以外にも街の有力者を統治者に選任することもできる。

 だが、敵の内情も良く分かっていない状態で、テキトーに選んだ人間に街を管理させたら、それこそ問題だ。


 まぁ……別に聖職者にこだわらなくてもいいのだ。

 人間たちが納得して、大人しくしてくれれば、冒険者だろうが、奴隷商人だろうが、誰が統治者になったとしても構わない。


 それに……聖職者が潔白である保証はどこにもない。

 平気で売春や児童虐待、人身売買をやるような奴が必ず一人や二人はいるだろう。


 しかし、信教の自由を約束して住人に安心感を与えるには、やはり聖職者を登用するのが一番手っ取り早いのだ。


「ねぇねぇ、良いこと考えたんだけど」


 レオンハルトが手を挙げて発言権を求める。

 どうせろくなこと言わないだろうけど、とりあえず聞いてみよう。


「はい、閣下。どうぞ」

「邪神教の教会を人間の街に建てればいいんじゃないの?

 そうすれば異端認定されないでしょ?

 なんだったら人間も勧誘しちゃったら?」

「え?」

「うん? ダメだった?」

「いや……その……」


 その意見はあまりに……。


「すっ……すばらしい!

 流石は閣下! それで行きましょう!」

「俺の意見、採用?」

「採用です! 採用!」


 なーんでこんな簡単なことに気づかなかったかなぁ。

 信教の自由を保障するのだから、邪神教を広めたっていいわけだ。


 人間たちが信者になれば勢力を拡大できるし、商売の機会が増えるので経済圏も広がる。

 いい事づくめじゃないか。


 占領地で大規模なセミナーでも開いて、人間どもをガンガン勧誘するのもありだ。

 いっそのこと町や村をそのまま――


「ユージ、悪い事を考えてる」


 ポツリとシロが言う。


 その通り。

 俺はいま、猛烈に悪いことを考え中だ。


 どうせ人間の世界の宗教なんて、ただのまやかしにすぎん。

 邪神教と大して変わりはないのだ。


 唯一の懸念は、魔法だ。


 この世界の魔法は神と契約して使うシステムになっている。

 人間は彼らの神としか契約できず、魔族たちも邪神としか契約できない。仮に人間が邪神教徒になったとしても、魔法を使えるようにはならないのだ。


 魔女のように人間でも邪神と契約できる場合がある。

 けれども割と条件がきつめなので、魔法を使うためだけに契約する者は少ないだろう。


 この問題さえクリアできれば、後は問題ない。

 聖職者から統治者を選定し、安定した統治を成し遂げた後で邪神教徒にげ替えればいい。

 街の住人のほとんどを改宗させてしまえば、他の国の魔族たちも反発しないと思う。


「流石、魔王様! すごい!」

「いやぁ、それほどでもぉ」


 クロコドに褒められて嬉しそうにする魔王。

 今回ばかりは俺も褒めてあげよう。


 レオンハルト、偉い。


「おい、ユージよ」

「ハーデッドさま? 何でしょうか?」

「後で話がある」


 やけに険しい顔でハーデッドが言う。

 何か嫌な予感がする――

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