332 この人、やっぱり有能じゃない?
翌日。
俺はシロを連れて会議室へと向かう。
「遅くなりました」
会議室へ入ると既にレオンハルト、ハーデッド、クロコドの三人が席についていた。
ハーデッドの隣にはセレン。クロコドの隣にはヴァルゴがいる。
セレンはともかく、なんでヴァルゴが?
コイツを会議に参加させる理由が分からない。お願いされてクロコドは断り切れなかったのかもな。
無能ほど出しゃばると言うがコイツはその典型。
ハーデッドはメイド服を着ている。マムニールから借りたものだろう。
代わりの服がないから仕方がないと思うが、一国の王がメイド姿ってどうなの?
本人はあまり気にしていないようだが……。
セレンは相変わらずレオタードを着せられていた。
ハーデッドの趣味なのかな。完全に愛玩動物と化している。
「ふむ……今日はシロちゃんも一緒か」
レオンハルトはシロを見て満足そうに言う。
本当にこの子のことが好きなんだな。
もしかしてロリコン?
しかも獣人の人間好き?
考えようによっちゃぁ、かなりの変態だぞ、この人。
「ええ……ご迷惑でしょうか?」
「いや、構わん。席に着かせろ。
会議が終わったら遊んでやってもいいぞ」
「ありがとうございます」
つっても、この人はシロを殺そうとしたからなぁ。
あんまり触らせたくないんだよなぁ。
レオンハルトは大人しい性格なのだが、時たま野生の魂が顔を出す。他の獣人よろしく、二足歩行のケモノであることを忘れてはならない。
俺は席に着き、隣の開いている椅子にシロを座らせる。
「そういえば……あのお二方がいらっしゃらないようですが」
今気づいたが、牛と蛙の獣人幹部がいない。
こういう会議にはいつも参加していたはずだが。
「あの二人なら今日は参加しない。
アルタニルへの侵攻作戦から、外して欲しいと嘆願されたのでな」
クロコドが言った。
「え? そうなんですか?」
「奴らは無謀な作戦には参加したくないと、当たり前のようにのたまったのだ。
恥知らずどもが……全く」
クロコドは腕を組んで二人に文句を言う。
まぁ……気持ちは分からなくもない。
連敗続きの相手に喧嘩を売ろうとしているのだ。無茶な作戦だと感じるのも無理はない。
それに、あの二人はどちらかと言うと事務方。指揮官ってガラじゃなさそうだし、別にいなくても良いんじゃないかなぁ。
「では作戦は我々だけで実行すると?」
「そう言うことだ、ユージよ。
本来であれば獣人のみで戦うべきだった。
しかし、この国はあまりに脆くなってしまってなぁ。
アンデッドの貴様にも協力を要請する運びとなった。
よろしく頼むぞ」
普段からは想像もできないくらい柔らかい物腰で、俺に協力を求めるクロコド。
ハーデッドに気を使っていると思われる。
俺も彼女も種族は異なるが、同じアンデッドのカテゴリに属する仲間だ。
クロコドが俺を死体野郎とでも罵れば、ハーデッドへの侮辱にもつながる。
慎重に言葉を選んでいるのが分かった。
もしかしたら……牛と蛙がいないのはハーデッドが原因かもな。
彼女の前では俺を公然と罵れなくなる。かといって、アンデッド相手に下手に出れば他の獣人幹部に示しがつかない。
クロコドなりに色々と考えて調整しているのだろう。
この人も周りに気を使って大変だ。
「何を弱気になってるッスかぁ!
アンデッドに頭を下げるなんて間違ってるッス!
この国は獣人の国なんで大丈夫ッス!」
「この馬鹿っ! お前は黙ってろ!」
「痛い! ッス!」
失言をするヴァルゴを殴りつけるクロコド。
無能な部下の扱いに頭を悩ませているようだ。
今の発言を聞いてもハーデッドは平然としている。涼しい顔で眉一つ動かさない。
まぁ……相手にする必要も無いと思ってるのかもな。たかがリザードマン一匹と不死王とでは格が違い過ぎる。
むしろ隣にいるセレンの方が、ちらちらとハーデッドの方を見て機嫌を悪くしていないか気にしていた。
普通ならもう十分にアウト。
怒って席を立たれてもおかしくないのだが……彼女は文句を言わずヴァルゴの妄言を聞き流してくれた。
とてもありがたい。
「では、ユージよ。
早速お前の立てた作戦を聞かせてくれ」
「御意」
俺は三人に用意しておいた資料を配る。
作戦の内容を簡単にまとめておいた。
「まずはアルタニルへの進軍ルートについて説明さて頂きたいと思います。
お手元の資料の一ページ目をご覧ください。
アルタニルの地図がございます」
一同はページをめくる。
ゼノの東側からアルタニルへ侵攻するルートが矢印で描かれている。
「むっ……」
クロコドはそれを見て眉を顰めた。
北ルートを主張していた彼はこの計画を面白く思わないだろう。
しかし何も言わない。
黙って俺が続きを話すのを待っていた。
「我々は東側の国境からセスティア川を越えてアルタニルへ侵攻し、敵の領内を進んで主要都市を全て落とします。
標的とするのは前線都市モロソ。北のミディリア川にまたがるテムチンチクの街。エシェドとの国境付近にあるソイツーツ。
この三つの街です」
この東側の地域は、前の戦争でアルタニルがゼノから奪い取って占領している土地だ。三つの街も戦後に新しく建設された。
「ふむ。その街を破壊して、敵の出鼻をくじくと言うわけだな?」
「いえ……クロコドさま。
今回の戦争では出来る限り破壊行動を抑制し、速やかに安定した統治をおこなう必要があります」
「安定した……統治。だと?」
クロコドの顔が険しくなる。
「はい、その通りです。
アルタニルは北東部がゲーデルハントと接しており、そこから援軍が送られてくる可能性が非常に高い。
この二か国を同時に相手にするのは困難です。
であれば……」
「アルタニルの住人を手なずけて我が方へ引き込むと?
そうすれば抵抗も少なくなり敵との戦いに集中できて、なおかつ敵の援軍にも対処しやすい……というわけだな?」
「えっ……ええ。その通りです」
クロコドが先読みしすぎてて怖い。
この人、やっぱり有能じゃない?
「だがなぁ……ユージよ。
戦争には困難がつきものだぞ。
逆境を覆してこそ、勝利の美酒は甘美なものになる。
人間を追い払って土地を取り戻せば国民は満足するが、支配下に置いて統治するとなると反発は免れん」
落ち着いた口調で反論するクロコド。
レオンハルトとハーデッドは黙っている。
「ええ、確かにそうかもしれません。
ですが……」
俺はちらりとレオンハルトの方を見た。
この前みたいに激高されたら手が付けられなくなってしまう。
幸いまだ大人しくしているので、話を続けても大丈夫だろう。
「私は結果を出すべきだと考えています。
ゼノは三度にわたるアルタニルとの戦争で敗北を喫し、世間での評価は芳しくありません。
この評価を覆すためにも確実な勝利をつかみ取るべきです」
「では、その確実な勝利とやらを、どのようにつかみ取るつもりだ?」
クロコドが尋ねる。
「それは……順を追って説明します。
先ずはお手元の資料をご覧ください」
アルタニルの地図の下には各街の人口と主な産業、大まかな住民の職業比率が書かれている。
「何これ、わかんなーい」
「余もわかんなーい」
資料を見てもちんぷんかんぷんな二人。
バカ二人は放っておこう。
「なるほど……そう言うことか」
俺の狙いに気がついたのはクロコドだけだった。