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330 人間の血

「いえ、初対面かと」


 ベルはハッキリと言い切った。


「いや……どうしても初対面とは思えないんだ。

 アナタの顔をどこかで見た気がする。

 とても懐かしくて、優しい気持ちにさせる顔だ」


 スーはやさしい口調で答えた。


 好感度高めの反応だけど、顔は真顔なんだよなぁ。

 この子がベルにどんな印象を抱いているのか謎だ。


「左様ですか」


 どう反応すれば良いのか分からないのか、ベルは困った表情を浮かべる。


 いきなり来て顔を褒められた上で、懐かしくて優しい気持ちになると言われてもねぇ。


「まぁ……いい。

 私の勘違いかもしれない。

 忘れてくれ」

「私からも質問を一つ、よろしいでしょうか?」

「ああ、なんでも聞いてくれ」

「人間の血が流れているのに、

 どうしてあなたは奴隷ではないのですか?」

「……はぁ?」


 怪訝そうに眉を寄せるスー。

 これまた困った質問。


 オークは基本的に自分たちと同じ血を引いている者を差別しない。

 人間とのハーフだろうが、アンデッド化しようが、彼らは同族として扱うのだ。


 この習性は割といい加減で、顔つきが似ているだけで人間を同族扱いした事例も知っている。

 その判定精度はかなりアバウト。


 奴隷として飼っている人間たちに対しての態度も、他の種族に比べて比較的寛容である。彼らが経営する農場で働く人間奴隷は、獣人が所有する奴隷よりも生存率が高い。


 でもまぁ、奴隷との間に子供をもうけたとしても、親の人間は奴隷扱いのまま。そこはきっちりと線引きしている。

 要は同類として認められるかどうかが問題であり、一度認めてしまえば細かいことは気にしない。

 オークとはそう言う種族だ。


「そんなの決まっている。

 私がオークだからだ」

「容姿が人間なのにオーク?

 肌が緑色だからですか?」

「お前、何が聞きたいのか良く分からないぞ。

 私はあまり頭が良くないんだ。

 もっと分かりやすく話してくれ」

「では……」


 ベルは一呼吸おいてから、質問をぶつける。


「どうして私達は差別されるのに、あなたは差別されないのですか?」

「はぁ? 私たち?」

「人間と獣人のハーフである私たち、という意味です」


 その質問には棘があった。

 ベルは種族の違いで生じる待遇の差に理不尽さを覚えたのだろう。


 ケモミミハーフ奴隷たちは生まれながらに隷属する運命を背負わされている。

 自分の財産を持つことも、家族を作ることも、自由に外を出歩くことでさえ許されない。


 そんな過酷な運命を背負った彼女にとって、目の前に現れたスーの存在は“面白くない”の一言に尽きる。


 ベルは彼女を妬ましく思っているのだ。

 だからこんな意地悪な質問をぶつけてしまう。


「知らん。魔王に聞け」


 にべもなく一蹴されてしまう。


「そう……ですか」


 ベルは悔しそうに唇をかみしめる。

 両手をぎゅっと握りしめて、わなわなと身体を振るわせて。


「意味の分からない女だ。

 私が知るはずないだろうが」

「どう……して」

「は? 何だ? 聞こえんぞ。

 ハッキリ言え、ハッキリ」


 耳に手を当てて聞き直すスー。

 若干、バカにしたような反応。


「どうして――

 どうしてお前は奴隷じゃないんだよ! 

 私達だって同じなのに!

 人間の血を引いているだけで――!

 こんなに苦しい思いをしているのに!

 どうしてお前は違うんだよ!」


 感情を爆発させて大声を上げるベル。


 どんな時も冷静でクールな雰囲気を崩さず、淡々と仕事をこなすベルだが、こんな風に感情的になることもあるんだな。

 見たこともない彼女の一面を目の当たりにして、驚きを隠せない。


「さぁな……知らん」


 しかし、スーは涼しい顔で聞き流している。

 人の感情に共感を示さないタイプなのかもしれない。


「バカにして!」

「言いがかりも甚だしいぞ。

 私はただ、知らないから知らないと言ったまでだ。

 怒られても困るのだが?」

「……っ!」

「なぁ……奴隷云々の話はもういいか?

 そんな話をしに、ここへ来たわけじゃない。

 ユージさま、考えを改めるつもりはありませんか?」


 全くどうでもいいと言った様子で俺に尋ねてくるスー。


 相手にされなかったベルは怒りの形相でスーを睨みつけている。


「なんど聞かれようと、答えは同じ。

 アナタの従軍を認める権限が私にはない」

「でも、父を連れていくつもりなのですよね?」

「それが何か?」


 ヌルは工兵要因として連れていく予定だ。

 大工仕事が得意なオークたちも一緒。


 彼らが力を貸してくれれば、川に橋を架けたり、野営陣地を構築したりと役に立つ。戦争にはこの手の技術者が必ず必要になるはずだ。


「父を死なせたくありません。

 どうか私を一緒に連れて行って下さい」

「君が一緒なら、ヌルを守れると?」

「ええ、そのつもりです。

 私は人間どもと戦うために訓練を続けました。

 今まで歩んで来た14年の人生は、

 この戦争の為にあったようなもので……」


 え?

 14年?


「あの……君って何歳なの?」

「え? 今言った通りですが?」

「14歳?」

「はい……そうですが」


 キョトンとするスー。

 彼女の容姿はどう見ても14歳には見えない。


 ぱっと見で20代後半と言ったところか。下手をすれば30代でも通る。普通に子持ちと言われても疑わないレベル。

 未成年の見た目じゃねーんだよな。

 胸だってかなり大きいし。


「大人っぽいとかよく言われない?」

「いえ、別に」


 まぁ、そうか。

 オークって見た目があれだしなぁ。


 スーの容姿はほぼ人間だが、年齢に不相応な高い身長、無駄が一切ない引き締まった身体を見ると、オークの血が影響を及ぼしていると断言できる。


 しかし……不思議だな。


 オークの血は肌や体形にまで影響を及ぼすのに、獣人の血は特にこれと言った変化をもたらさない。

 ケモミミとしっぽが生えるくらい。

 本来であればハーフであるベルにも、体系や体毛などの見た目に関する要素が遺伝していてもおかしくないはずだ。


 ケモミミハーフたちの身体が普通の人間とそう変わりないのは、何故なのでしょうか?

 この世界を作った神様に聞いてみたい。


 まっ、俺は別に今のままの仕様でいいけどね。


「歳の話はいいので、とにかく私の従軍を……」

「ダメなものはダメだ。

 なんども言っている。

 それと気になっているのだが。

 ヌルはこのことを知っているのか?」

「いや……その……」


 目を逸らすスー。

 この様子だとなにも話してねーな。


「先ずは親子で話し合ってくれ。

 それからどうするか決めればいい。

 もちろん、従軍を申し出るとしたら、

 私ではなくクロコド様に、だが」

「では、父を説得すれば、認めて下さると?」

「え? ああ……うーん」


 いや……クロコドが認めれば文句はないが……。


 この子、ヌルの同意さえあれば、俺が従軍を認めると勘違いしてないか?


「よかった! 認めて下さるんですね?

 それでは早速父を説得してまいります。

 近いうちにご挨拶に向かいますので、

 どうかよろしくお願いします!」

「え? ちょ……待って」

「ではまた! 失礼!」


 スーはものすごい勢いで走り去っていく。

 止める間もなかった。


 あの様子だと勘違いしてるよ……まったく。

 まぁ、もしもの時はクロコドになんとかしてもらおう。


 俺は知らん。


「はぁ……面倒なことになったな」

「ヒック……ヒック……」

「……え? ベル?」


 スーのことばかり気にしていたので、気付かなかった。

 ベルは俺の隣でボロボロと涙を流して泣いていたのだ。


 ……どうすりゃいいの、コレ?

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