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329 オークと人間の子

 農場の入口に立っていたのは肌が緑色の女性だった。


 身長はかなり高く普通の人間よりも身体が大きい。

 スリムで引き締まったボディ。


 服装は動きやすい麻の服。

 へそ出しファッションで腹筋がボコボコに割れている。


 黒くて長いポニーテールが吹き付ける風に揺られていた。


 大きな斧を背中に担ぎ、直立不動の仁王立ち。

 まるで決闘でも申し込みに来たかのようだ。


「あの……ユージさま」

「なんだ、ベル?」

「今まで大変、お世話になりました」

「まるで俺が死に行くみたいな口ぶりだな」

「今のは冗談ですよ」

「承知している」


 そんなやり取りをベルと交わし、俺は緑色の肌の女性の所へとむかう。


 容姿はかなり人間に近い……と言うか、ほぼ人間。

 肌が緑色なのを除けば、ほとんど普通と変わらない見た目だ。


 顔立ちは美人なので人間からもモテると思う。


 おそらく、オークと人間の奴隷の間に生まれたハーフだな。

 ここまで人間に近い容姿をしている人を見るのは初めてだが。


「初めまして、ユージと申します。

 どなたか存じませんが、私に用があるようで……」

「こちらこそ初めまして。

 父がいつもお世話になっています」

「……え?」


 思っていた以上に丁寧なあいさつ。

 もっと偉そうにふるまうかと思っていたので拍子抜けする。


 父って……誰だ?


「私の名はスー。

 父であるヌルと人間の母の間に生まれた、誇り高きオーク族の戦士です」

「ああ……え? そうなの?」


 ヌルって、人間の奴隷を所有してたのか?

 あまりプライベートには首を突っ込まないので全く知らなかった。


 それとも隠れて人間の国へ行って、人間の女性と恋をしてたとか?

 まっさかなぁ。


「ヌルの娘がなんの用だ?」

「実は、折り入って頼みたいことがありまして。

 私を……どうかこの私を……!

 アルタニルへ連れて行って欲しいのです!」


 彼女はそう言って俺の肩に両手を置く。


 ミシミシと音が鳴った。

 下手したら壊れてしまいそうだ。


「かっ! 肩が壊れる!」

「はっ⁉ 申し訳ありません!

 つい力を入れすぎてしまって……」


 慌てて俺の肩から両手を離すスー。

 興奮しすぎて我を忘れたらしい。


 やはりオーク族の血を引いているだけあって、腕力は人間の比じゃないな。

 片手でリンゴを握りつぶしたりとか、平気な顔でやれそう。


「それで……どうしてアルタニルへ?」

「戦争に参加する為です。他に理由があるでしょうか?」

「つまり君も従軍したいと?」

「はい、なんとかお願いできないでしょうか?」


 うーん。

 そう言われてもなぁ……。


 今回の侵攻作戦に参加する兵士は軍団に所属している正規の軍人。

 傭兵が主力となってもおかしくはないのだが、レオンハルトや先代の魔王がこだわったからか、この国は普段から常備軍を維持し続けている。


 軍団に参加できるのは訓練に参加して経験を積んだ兵士たち。

 素人がいきなり参加できるはずもない。


「それを決める権限は、私にはない。

 頼むとしたらクロコド様だろう」

「あのワニはダメです。

 我々オークを下に見ている。

 あんな奴の下で働くのは嫌です」


 おーおー。

 雇い主を選ぼうってか?

 太い神経してるな、この子。


 まぁ、オークが差別されているのは事実。

 獣人の下で働きたくない気持ちも分からなくもない。

 だが……。


「同じことを繰り返えすが、私には君を雇う権限がない。

 魔王城に話を通してもらわないと……」

「そんなはずはありません。

 父はユージさまにスカウトされたと教えてくれました。

 と言うことは、アナタが了承さえしてくれれば、

 私も軍に参加できるはずですよね?」

「それは……」


 確かに、ヌルをスカウトしたのは俺。

 彼を魔王城で雇うにあたって色々根回しをしたのも事実。


 何度も魔王に頭を下げ、何枚も書類を用意してサインしてもらい、しっかりと納得してもらったうえで雇った。

 軽い気持ちで雇いますよと声をかけて、すんなり話が通っているわけではない。


 俺がスカウトするのは必要としている人材のみだ。

 ヴァルゴとトレードしたプゥリはともかく、必要かどうかも分からない人材を配下に加えるつもりは毛頭ない。


 ヌルの娘……と言うだけではなぁ。


 彼女に特殊なスキルがあれば話は別だが、見たところ得意分野は戦闘に限られている様子。

 レオンハルトにお願いしてまで雇うほどの必要性を感じない。


 それに、軍の運用に関してはクロコドの管轄だ。

 俺もゴブリン部隊を麾下きかに置いているが、主力となる獣人部隊の指揮権は俺にはない。

 オークに関しても同様で、主な主導権はクロコドとその配下たちが握っている。

 シロの事件の時にオークたちに動いてもらったが、あれは特例中の特例。基本的にクロコド他、幹部たちの了承を得ないと部隊に指示を出すことはできない。


 先日、幹部を決める面接を行ったが、未だに誰にするか決まっていない。

 俺が指揮する予定だった軍はクロコドに任せてしまった。


 そもそも軍の指揮なんてしたことねーからな。

 俺がテキトーにやったところで大した成果を出せるわけでもないし。


 あの人に任せておいた方がまだマシなのだ。


「軍の雇用に関して私は何の権限も持っていない。

 私は事務方だからな。

 雇うとしたら戦闘以外のスキルが無いと厳しい。

 君に何か特別な才能はあるのかな?」

「え? あっ……いや」


 戸惑うスー。

 この様子だと、他はからっきしのようだ。


「その様子だと無理そうだな。

 私の元で働くとしたら、図書館の管理とか、農地の測量とか、戦闘とは無関係な仕事を任せることになる。

 それでもいいか?」

「いえ……もういいです」


 がっくりと肩を落とすスー。

 ちょっとかわいそうだが仕方ない。


 頼まれたからと言って、部下の大切な娘をおいそれと戦場に連れていくわけにはいかない。

 まともな神経の持ち主なら全力で止める。


 戦う必要がないのに戦場へ連れていく必要もあるまい。

 ベルやシャミとは立場が違う。


「あの……ユージさま。

 差し出がましいようですが……彼女にもチャンスを与えても良いのでは?」


 ベルが言う。

 チャンスだと?


「なんのチャンスを?」

「自由を勝ち取るための機会です。

 私たちと同じように彼女にも人間の血が流れているのでしょう?

 だから――」

「何か勘違いしているようだな。

 君と違って彼女は自由市民だぞ」

「……え?」


 ベルは表情を固まらせる。


「確かに、彼女は人間とオークのハーフだが、君たちとは事情が違う。

 オークは自分たちの血が一滴でも流れていれば、同族として扱う。

 獣人とはハーフの扱いが異なるんだ」

「え? そうだったんですか⁉」


 驚くベル。

 知らなかったのか、意外そうな反応だ。


「……その子は?」


 スーはベルを見下ろして首をかしげる。


 オークの血を引く彼女は、人間とのハーフとはいえかなりの高身長。

 比べてみるとベルが幼い子供に見えるくらいだ。


「この子はベルという。

 この農場で働いている奴隷で――」

「なぁ、一つ変なことを聞いても良いか?

 どこかで会ったような気がするのだが……」


 俺の話を遮ってベルをじーっと見つめながらスーが尋ねる。

 初対面の人をそんなにジロジロみたら失礼だと思うが。


 ベルはなんて答えるんだろうな?

 知り合いだとは思えないが――

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