328 戦いの中で希望を持つため
「私……お店を持つことになったんです」
照れくさそうに報告するシャミ。
「え? それは本当なのか?」
「はい。と言っても、この農場の中に、ですけど」
なるほど、そう言うことか。
奴隷の身分である彼女が商店を開けるはずがない。
マムニールの管理下で商いを行うわけだ。
「へぇ、何を売るんだい?」
「イミテさんに作り方を教わった小物とか、
後はこの農場で作ったお菓子とかを売るつもりです」
「え? お菓子? 誰が作ってるの?」
「それはベルが……」
俺がベルを見ると彼女は小さくVサインする。
「え? いつの間にそんな技を?」
「ユージさまから頂いたお菓子がとてもおいしく、
なんとか再現できないかと思いまして……。
マムニールさまに作り方を教わったんです。
最初はとても苦労しましたが、
人に出せるレベルにはなったかと」
「マムニールさまが?」
俺が驚くと、彼女は口元に手を当てクスクスと笑う。
「あんまりにもベルが真剣に頼むものだから、
私もつい協力してあげたくなっちゃってねぇ」
「お菓子なんて作れたんですか?」
「失礼ね、私だってそれくらいできるわよ」
ふんっと鼻を鳴らすマムニール。
「どこで作り方を?」
「魔女から教わったわ。
かなり昔のことだけどね。
他の種族のおもてなしをするときに、
なにか甘いものがあったらいいって聞いて。
それでね」
魔法の国であるヴァジュはお菓子作りの国としても有名。
何人ものパティシエが店を構えており、首都サイケデリカには有名店が軒を連ねる。
なんでも、お菓子を食べるためだけに、人間界からこっそり密入国する者もいるらしい。
よほどクオリティが高いんだろう。
「私の家族がまだ生きていたころはね。
お仕事の都合で色んな種族の人がこの農場を尋ねて来たの。
魔女も来てたから、やっぱりなにか作れたらいいなって。
それで自分で作ることにしたのよ。
でも私自身は甘い物好きではないのだけれどね」
「そうだったんですか……」
マムニールは色々なことに精通していたんだなぁ。
まさかお菓子を作れるとは思っていなかった。
しかし……自分が好きでもないものをよく作ろうとおもったなぁ。
それもこれも、夫を支えるためか。
彼女がいかに家族を大切にしていたかが良く分かる。
「ベルは一人で作れるのか?」
「ええ、と言ってもクッキーだけですけど」
「それでも大したものだ。
ぜひ一度、味見をしてみたいものだ」
「舌がないのにどうやって味見を?」
「今のは冗談だぞ」
「承知しております」
そう言って口に手を当てクスクス笑うベル。
しぐさがマムニールに似てきたな。
本人は意識しているつもりはないんだろうけど。
「シャミの方も順調か?」
「イミテさんから色々教わっていますけど、
なかなか思うようにはいかなくて……。
これからも彼女の元で腕を磨いていくつもりです」
「うむ、その調子で頑張れよ」
シャミはやる気に燃えている。
そのうち農場の名物になるかもしれん。
「しかし……農場の中に店を持つということは、
それ専用の建物を建てる必要がありますね」
「ええ、それで相談なんだけど……」
マムニールはなまめかしく身体をくねらせて、俺に身を寄せて肩をこすりつける。
「あの……何か」
「お願いがぁ、あるのぉ」
「なんでしょうか?」
「お店を作って欲しいのよねぇ。
それも素敵で、うっとりしちゃうような、
素敵な、素敵な、お店を」
「前向きに検討しておきます」
「検討するだけじゃだめぇ。
直ぐにでも建てて欲しいわぁ」
直ぐにでも……って。
無茶ぶりにもほどがあるぞ。
もうすぐアルタニルに攻め込むので、戦の準備で大忙し。
無駄に手を割いている余裕はない。
そもそも、この人たちも従軍する予定なのだ。
んなもんを建てる余裕がどこにあると言うのだ。
「あの……お言葉ですが。
もうすぐアルタニルへ侵攻作戦が開始されます。
マムニールさまも従軍されるわけですから、
きちんと準備を整えてもらわないと……」
「ええ、勿論。それは分かってるわぁ。
帰って来た時のお楽しみが必要なのかなって」
「ううむ……」
確かに、それもそうなのだが。
あと少しで我々はアルタニルへと向かう。作戦が開始されるまでの短い期間で店が建つはずがない。
建てるとしても、戦争が終わって無事に生還してからだろう。
「ちなみにですが……どこに建てるおつもりですか?」
「この前の火事で焼けちゃった建物の跡地ね。
あのままにしてたらみすぼらしいし、
さっさと新しい建物を作ろうかと思ってぇ」
思ってぇ、じゃねーよ。
仕事を振られる俺の身にもなってみろっての。
「資金は?」
「ハーデッドさまがたっぷりとお金をくれたので、
資金には余裕があるのよねぇ」
「なるほど」
ハーデッドはこの農場で世話になったからと、マムニールにいくらか包んだと聞いていた。
この様子だとかなりの額を渡したようだ。
どうせテキトーに金額を決めて、家臣に持って来させたのだろう。
あの人って、ほんとバカ。
ちなみに、そのハーデッドだが……いまだにゼノに滞在している。
滞在場所は魔王城へ移ってもらった。
あっちの方が安全だしな。
彼女は魔王城で自分の軍が到着するのを待っている。
イスレイの正規軍が到着次第、アルタニルへの侵攻を開始する。
最大の懸念だった指揮系統の件だが、ハーデッドは自軍がレオンハルトの指揮下に入ることを了承してくれた。
アンデッドはその性質上、兵站面でコストを要求せず、非常に運用しやすいユニットとなっている。
彼らは飯も食わないし、怪我をしても死なない。
コストパフォーマンスは全種族で一番。
しかし……彼らには弱点がある。
アンデッドは浄化魔法にめっぽう弱いのだ。
浄化魔法は老齢の熟練者にしか扱えない。
だがその威力は絶大で、いかなるアンデッドも無条件で消し去る。
さらに恐ろしいことに範囲攻撃的な種類の浄化魔法もあるという。
アンデッドの集団に乱発されたら一瞬で壊滅。
灰になって消える。
そうならないよう獣人主体の軍隊で攻撃する必要があるのだ。
イスレイのアンデッドはあくまでサポート。
主力にはなりえない。
ハーデッドの無茶苦茶な指示に従っていたら、たとえ天下のアンデッド軍団であっても、敵の浄化魔法に耐えられずにすり潰されてしまう。
彼女が指揮権を放棄してくれたおかげで、貴重な魔法攻撃の手段が無駄に消耗されずに済むわけである。
「数日のうちに出発することとなります。
着工はおろか、設計図すら完成しないかと」
「すぐ作る必要はないわ。
話だけでも通しておきたいの。
これはあくまで……」
「戦いの中で、希望を持つためですね?」
「ええ、その通りよ。
私はこの子たちを死なせたくないの。
少しでも生存確率を上げるために、
お店の準備を……って思ったのよ」
そう言うことなら、話は変わって来る。
別に綿密な計画を立てる必要はないのだ。
話を通すだけなら、そう難しくもない。
ヌルに一声かけておくかな。
あいつなら喜んで引き受けてくれるだろう。
「すっ、すみません! 奥様!」
部屋の扉を誰かがどんどんと叩く。
「どうしたの?」
「あ、ベル! 大変よ! お客様が来たの!」
ベルが扉を開けると、メイド服姿の奴隷が入ってきた。
「お客様?」
「オークのお客様よ! 大変なの!」
「大変って何が?」
「直ぐにユージさまを出せって!
今にも暴れそうで……」
ううん……?
何やら不穏な予感。
「ユージさん、悪いんだけど……」
「ええ、分かっています。
私が騒ぎの原因のようなので、直ぐに行って収めてきます」
「お願いね」
俺はベルとともに農場の入口へと向かう。
オークのお客様って……誰だろう?




