327 まっくろ
「……え? まっくろ?」
その言葉にミィは驚き戸惑う。
「おい、シロ。お前何を言って……」
「ミィの中に、真っ黒い闇が潜んでいる。
その中が何か分からない。
けど……」
「もういい。ちょっと黙ってろ」
俺は慌ててシロの口をふさいだ。
手を離したミィはその場に立ち尽くし、無表情でシロを見下ろしている。
そして――
「うっ……うわああああん!」
ポロポロと涙を零して泣き出してしまった。
「よく頑張ったわ、ミィ。
アナタは悪くない。
だからそんなに泣かないの」
「ミィちゃん、子供の言うことだから……。
あんまり気にしたダメだよ」
「だってぇ……だってぇ!
あああああああ!」
ベルとシャミに慰めてもらうミィだが、全く泣き止む気配がない。
俺はシロを睨みつける。
「なんでそんなことを言ったんだ?」
「ユージと二人で話がしたい」
「むぅ……分かった」
俺はシロを連れて別室へ移動。
扉を閉めて小声で尋ねる。
「で? 真っ黒だなんて言った理由は?」
「伝えないといけないと思った」
「それは直ぐにでも解決すべき問題なのか?」
「そう」
「ううむ……」
シロは割と発言を選ぶ。本人を目の前にそんなことを言うのは、よほど切羽詰まった問題だと感じたからだろう。
「具体的には、何が問題だと?」
「彼女の心は不安定。
暴走すればどうなるか分からない。
平静を保っていられるのはユージの存在が大きい。
もしアナタを失ったら彼女は……」
「どうなるって言うんだ?」
「世界を滅ぼしかねない」
またか。
ミィが暴走していた時の様子は、ハーデッドから聞かされている。
魔王である彼女をフルボッコにするくらいだからな。
よほどの力を発揮したのだろう。
ミィが暴走したら街が一つや二つ、滅ぶどころの問題ではない。
国家が傾き、パワーバランスが崩れ、世界は混沌の海に沈むだろう。
彼女の心には未だにぬぐい切れぬほどの闇が存在している。
シロが問題視するのも分からなくはない。
しかし……だ。
「本人にまっくろだなんて言ったら、それこそ暴走の火種になりかねん。
問題だと思っても本人を前に口に出すのはよせ」
「でも…………分かった」
シロは食い下がろうとしたが納得してくれた。
「ミィのことは俺が万全を尽くす。
彼女が暴走しないようにちゃんと見守るから……」
「ユージがいる間は大丈夫。
でもアナタが消えたら間違いなく彼女は世界を滅ぼす。
なんのためらいもなく、一思いに」
一思いに世界を消せるとか、ヤバすぎて草も生えない。
俺はとんでもない人の心を盗んでしまったようだ。
「そろそろ戻るぞ。
ミィにはちゃんと謝れよ」
「……分かった」
俺はシロを連れてミィの元へ。
彼女はまだ泣きわめいており、ベルに慰められていた。
「~♪ ~♪」
ベルはミィを抱きしめてメロディを口ずさんでいる。
いつも歌っているこの曲だが歌詞はないのだろうか?
「ミィ、聞いてくれ。
さっきの発言は誤解だったようだ。
シロが謝りたいと言っている」
「えっ……ええ?」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をこちらへ向ける。
美人が台無しだな。
「シロ……ほら」
「この度は大変なご迷惑をかけしてしまい、まことに申し訳ありませんでした。
私の不用意な発言により、貴殿の気分を損ねたことを謝罪いたします。
二度と同じ過ちを犯さぬよう努めますので、何卒、ご理解、ご容赦のほどを、よろしくお願いいたします」
そう言ってペコリと頭を下げるシロ。
「…………」
あまりにこの場に相応しくない謝罪。
ミィはしばらく固まったまま、その謝罪の意味を考える。
「私をバカにしてるんだぁああああ!
うわああああああああん!」
再び泣き始めるミィ。
もうこれ手の施しようがないな。
「なぜこうなったのか分からない。
説明を求める」
「余計なことを言ったからだぞ」
「これでも言葉は選んだつもり」
「選びすぎて逆に不自然なんだよ。
普通にごめんなさいって謝ればいいんだ」
「分かった……ごめんなさい」
そう言ってまた頭を下げるシロ。
もう遅いっての。
「うわああああああああん!」
泣きわめくミィ。
この子もこの子で、もっとしっかりして欲しい。
感情に任せて世界を滅ぼされたらかなわないぞ。
「あらあら、騒がしいわねぇ……。
何かあったのぉ?」
マムニール登場。
起きたばかりなのかナイトキャップを被っている。
でも下には何も着ていない。
ほぼ全裸である。
いつも思うのだが獣人は裸を見られて、どう思っているのだろうか?
体毛に覆われているが素肌をさらしているのだ。
恥ずかしさとか感じないのだろうか。
それに一部の獣人は中途半端に服を着てたりするので、どこまでが彼らの普通なのかが分からない。
レオンハルトはいつでも服を着ている。
あの状態は普通ではないのか?
「起こしてしまったようですね。
お休みの所、申し訳ありませんでした」
「いいのよぉ、ユージさんが来てるんですもの。
ちょっとくらい騒がしくても気にならないわ。
それよりも……ミィちゃんは大丈夫なの?
メソメソ泣いてるけど、何かあった?」
「それは……」
シロとミィが上手くいっていないと伝える。
その原因が心を読む能力にあることはヒミツ。
「そうなの……ミィちゃんも意外とナイーブなのね。
ユージさんを取られるのが嫌なのかも」
「それもあるかもしれません」
「ちがぅううううう!」
泣きながら否定するミィ。
「じゃぁ、どうして泣いているのかしら?
良かったらこの私に教えて頂戴な」
「だってぇ……だってぇ……」
要領を得ない返事をするミィ。
マムニールはうんうんと相槌を打つ。
ミィは話を聞いてもらって、次第と落ち着きを取り戻していく。
シャミやベルがあんなに慰めても効果がなかったのに、マムニールが現れただけでこの違い。
ひょっとして、マムニールからは人を落ち着かせる匂いがする?
そんな風に思えてならない。
「よしよし、もう大丈夫だから。
自分のベッドで休んで気持ちを落ち着けなさい。
仕事をするのはそれからでも良いから」
「……はい」
ごしごしと涙をぬぐい、差し出されたハンカチで鼻をかんだ彼女は、礼の一つも言わずにふらふらと一度も振り返らないで出て行ってしまった。
本当ならげんこつものなんだけどなぁ。
今のミィを叱る気にはなれなかった。
「はぁ……本当に困ったわね。
ユージさんがきちんと面倒を見てあげないから、
あんなふうに不安定になっちゃうのよ」
「申し訳ありません……本当に。
言い訳のしようもありません」
俺は深々と頭を下げる。
マムニールには本当に世話になっている。
ミィがハーデッドを半殺しにした現場に居合わせてもなお、農場で受け入れているのだ。
本当だったら、あんな化け物と関わるのは御免だと、受け入れを拒否されてもおかしくない。
ここがダメになったらミィに行き場はないので、俺は頭を抱えてしまう。
マムニールが理解的で助かった。
「それはそうと、シャミ。
アナタ、ちゃんとユージさんに報告したの?」
「え? あっ……まだです。
あの……ユージさん、実は……」
シャミは何かを俺に伝え忘れていたようだ。
「なんだ?」
「実は……」
シャミは自分の近況について話し始める。
それは俺の思ってもいなかった報告だった。