319 フェルの恋は実らない27
傭兵との戦闘は一方的な展開となった。
長老たちは敵が近づいてきたらすぐに対応できるよう、魔法を発動するタイミングを調整している。
誰かが発動したら、また別の誰かが詠唱を始める。別の誰かが敵を撃退したらさらに別の誰かが次の攻撃に備える。
円陣を組んでいるのは、どの方角から攻められても反撃できるようにするためだ。
(スゴイや……長老たちって強いんだなぁ)
目の前の光景にほれぼれとするフェル。
魔法の力によって敵を圧倒する長老たちは、彼にとってはまさしくヒーローであった。
里を侵略する者たちを次々と打ち倒し、死体の山が築かれていく。
人間の死体を見るのはこれが初めて。
バラバラになった身体や、流れ出る血潮には戸惑いを覚えた。
そんな状況でも、仲間が活躍している姿を見ると興奮する。
血の匂いも、肉が焼き焦げる匂いも、勝利の美酒に酔いしれる彼にとってはちょうどいい肴。
不快になど全く思わない。
長老たちの活躍は良い意味で彼に衝撃を与える。
そして、カインの言葉が真実であったと証明した。
彼のことを疑ったりして悪かった。
魔法さえあれば、確かに人間に勝てるのだ。
疑問なのは……どうして長老が戦うことに反対したか、である。
ここまで強いのなら、作戦を立てて人間を迎え打てばよかったのだ。
事前に相談すれば手の打ちようもあっただろうに。
なぜ彼らは頑なに戦うことを拒み、逃げるように言ったのか。
フェルには分からなかった。
「盛り上がってるみたいだなぁ」
「え? カイン⁉」
急にカインの声が聞こえたかと思うと、すぐ隣に彼がいることに気づく。
フェルと同じように地べたに這いつくばって戦いを見守っていた。
「な? 俺の言った通りだろ?」
「うっ……うん。疑って悪かったよ」
いつの間にか隣にいたカインに、フェルは全く気付かなかった。
慌てて周囲を見渡すが他には誰もいない。
敵は見当たらなかった。
「俺たちは魔法さえ使えれば、
あんな風に人間と戦えるんだ。
白兎族の方がずっと強いだろ?」
「うん……そうだね」
長老たちの戦いぶりを見る限り、彼らが負けるとは到底思えなかった。
むしろこの状況からどうやったら負けるのか。
傭兵たちは無駄に突撃を繰り返すばかりで、魔法で返り討ちにされている。
人間は頭がいいと聞いていたが、別にそんなことはなかった。
正直言って拍子抜けしている。
こんなにも簡単に倒せるのなら、最初から恐れる必要などなかったのだ。
人間は白兎族なんかよりもずっと……。
いや、そんなはずはない。
さっきからどうもおかしい。
どうして人間たちは突撃ばかり繰り返すのか。
弓などの遠距離攻撃を行わないのはどうして?
人間だって魔法を使えるのに、なぜ接近戦にこだわるのか。
そして……これだけの人数が犠牲になっているのに、誰も逃げ出さないのはなぜなのか?
疑問が一つ思い浮かぶたびに、不安感が増していく。
何かとても悪いことが起きるような予感する。
「カイン、やっぱり変だよ!
早く長老たちを逃がさないと!」
「どうしたんだよフェル?
安心しろって、絶対に負けないから」
フェルには勝利が目前などとは思えなかった。
この嫌な感じは間違いなく勘違いではない。
そして……声が聞こえる。
破滅をもたらす最低最悪の存在。
その声が。
「さっきから変な声が聞こえるんだよ」
「だから、それは魔法のせいだって。
この前おしえただろ?
魔法を使う時は自然界の魔力を利用して――」
「――違う」
「え?」
フェルはうさ耳をすませて声を拾う。
長老たちが風の魔法を発動するときに聞こえる声に交じって、何かすごく嫌な声が聞こえる。
これが……不安の正体。
破滅的な未来を予見させる存在の声。
だけど、声の主は何をしているのか。
魔法を使っている者はどこにも見当たらない。
見渡す限り傭兵たちが――
「……あっ」
その存在を認めた瞬間。
総毛立つのを感じた。
魔法によって身体の一部を切り落とされた傭兵が、むくりと立ち上がって歩き出したのだ。
注意深く見てみると、長老たちを取り囲んでいる者たちの様子がおかしいことに気づく。
頭がない。腕がない。身体の一部が欠損している。
中には胸に大穴が開いている者もいた。
ここにいる人間たちは、人間ではない。
人間の形をした何かだ。
「カイン……!
こいつら人間じゃない!
人間どころか……生き物でもない!」
絞り出すように言った。
カインの表情がみるみるうちに青ざめて行く。
「魔法……か。これも魔法なんだ。へぇ……」
そう呟く彼の口元が、少しだけ上がっていた。