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318 フェルの恋は実らない26

 ハシゴを昇って行くと、また別の通路へ。

 少し進むとまたハシゴ。


 どうやらこの通路は地上まで一本道になっているらしい。


 地上を目指して進み続けると、次第に音が聞こえてきた。

 なにやら争っているよう。


 人間の男の悲鳴。

 うめき声。叫び声に鳴き声。


 それとは別に聞こえる土の声――いや、違う?


 土の声とは微妙に異なる。

 ざわざわとした、震えるような、重苦しい声。

 あちこちから聞こえる。


 これってもしかして……精霊の声?


 地上へ近づくほど、そのよく分からない正体不明の声は大きくなっていく。

 なにが起こっているのだろうか?


「……ここか」


 梯子を昇って行くと、小さな木の扉が見えた。

 手で押して開くと小さな穴倉に出る。


 扉を開いて外へ。

 穴倉は茂みで隠されており、少しだけ顔を出して外の状況を確認する。


 あたり一杯に広がる肉が焼き焦げた匂い。

 そして……鉄の匂い。


「……っ!」


 目にした光景があまりに悲惨すぎて、フェルは悲鳴を上げそうになった。

 地面にはバラバラになった人間の死体が転がっていたのだ。


(なんで……⁉ どうして⁉)


 凄惨な光景に混乱するフェル。

 彼の足元には血だまりが広がっている。


 馬車のような乗り物が炎上しており、周囲を赤く照らす。

 逃げ出したのか馬は見当たらない。

 目に入るのは人間の死体と流れ出た血潮ばかり。


 バラバラになった人間は一人や二人ではない。

 切断された胴や手足や首などの人体のパーツがあちこちに散らばっている。


 これを仲間がやったのか?!


 あたりを見渡しても、目につくのは人間の肉塊ばかり。

 白兎族の亡骸は見当たらなかった。


 茂みから飛び出すのは危険だと思い、しばらくその場にとどまって様子を見ることにした。

 するとあの声が聞こえてくる。


(まただ……今度は……あっちから)


 うさ耳をすませると、声が聞こえてくる。

 土の声と似ているが微妙に違う。


 声質が透き通っているのだ。

 土の声はもったりしている。


 何かをわめき散らすように、声が移動している。

 まるで小さな虫が高速で飛び回っているかのよう。


 明らかに異変が起こっている。

 だが……どこで何が起こっているのか、いまいち把握できていない。

 茂みから出てもっとあたりを調べないとダメだ。


 フェルは胸のあたりをぎゅっと握りしめ、怖がる自分の心を奮い立たせる。

 思い切って足を踏み出し、一歩、また一歩と慎重に進みながら、周囲の音を聞く。


 近くに人間はいない……と思う。

 丘の向こう側が騒がしい。


 あっちの方で戦闘が起きているようだ。


 フェルはあたりを警戒しながら慎重に進み、丘を登っていく。

 途中何度か立ち止まって声を聞いたが……近づいて来るにつれて次第にノイズが激しくなっていく。


 精霊のものと思われる声とは別に、何かとても嫌な感じのする声が聞こえる。

 今までに聞いたことがない不気味な声だった。


 もちろん、生きている者が発する声とも異なる。


(いったい何が起こってるんだ……⁉)


 丘の向こう側で起こっていることを想像して、足が震えるフェル。

 ただただ怖い。


 でも……このまま何も確認しないで逃げるわけにもいかない。

 勇気を出して自分の目で確かめなければ。


 ようやく丘を登りきったフェルは這いつくばって姿を隠し、騒ぎが起こっている場所を見下ろした。


 数十人もの人間が長老たちを取り囲んでいる。


 人間は槍や剣で武装しており、胸当てや兜などを身に着けていた。

 装備の質から見て、彼らが訓練を受けた軍人だと分かる。


(もしかして……あれが傭兵?)


 カインから聞いた話を思い出す。


 傭兵は戦いの訓練を受けたプロ。

 人を殺すこともためらわない恐ろしい集団。


 もし傭兵が襲ってきたのなら、長老たちは一たまりもないだろう。

 対抗できるとはとても思えない。


 長老たちは丸く陣形を組んで、敵が近づいて来ても動こうとしない。

 追い詰められてしまったのだろうか?


 フェルが不安に思っていると、急に状況が動き出した。

 囲まれた長老たちの一人が何かを叫んだのだ。


 次の瞬間、震える声が聞こえた。

 かと思うと傭兵たちの身体が真っ二つに切断される。


(あれは……風の魔法⁉ カインが見せてくれた!)


 フェルは目を見張る。


 長老たちは魔法を使って敵と戦っていたのだ。

 あれだけ逃げることの必要性を説いていたのに……!


 声の正体はやはり精霊だった。

 騒がしかったのは敵を倒すために魔法を何度も発動していたからだろう。

 出口の付近に転がっていた死体も、長老たちが仕留めたのだ。


 カインが言う通り、白兎族は魔法を使えば人間に対抗できる。

 むしろ圧倒している。


 長老たちは戦うことを避け、逃げることの重要性ばかり説いていた。

 にもかかわらず、目の前には彼らの主張とは真逆の光景が広がっている。


 魔法の力で人間を圧倒する白兎族。

 何十人もの男たちが武装して襲い掛かろうと、歯牙にもかけない。

 とても長老たちが負けるとは思えなかった。


(カイン……やっぱり君の言うとおりだった!

 僕たちは人間よりもずっと強い!)


 フェルは長老たちの活躍に胸を躍らせる。

 もっと……もっと戦ってほしい。


 そして勝利してほしい。


 フェルは心の底からそう願った。

 その淡い期待が打ち砕かれることも知らずに。

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