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316 フェルの恋は実らない24

「僕は……」


 フェルはまだ迷っていた。


 力で劣る白兎族が戦うには魔法が必要。

 しかし、魔法の力を手に入れるにはいくつもの壁がある。


 その壁を乗り越えて魔法を手に入れたところで、勝てるかどうかと言われたら微妙なところ。

 人間だって魔法を使えるし、白兎族が勝利できる保証はない。


 しかし……カインは確信しているようだった。

 人間の世界を渡り歩き、自分の目で彼らを“観察”して、魔法さえあれば対抗できると結論を導き出した。


 彼の言葉を信じてもいいのかもしれない。


「戦うべきだと思います」

「フェル? 君までそんなことを言うの?」


 長老は驚いたように目を見開く。

 フェルがそう答えるとは思っていなかったようだ。


「はい……実は……」


 フェルは魔法について話した。


 白兎族の方が人間よりも魔力が高いこと。

 そして、自然界に存在する魔力を間借りできる能力をもっていること。


 この二つの要素から、魔法さえ習得してしまえば人間に対抗することも決して不可能ではないと考えられる。


 フェルの説明を聞いて長老たちは騒めきだす。

 人間に対抗できるなんて、夢にも思わなかったのだろう。


 ただ一人、最も高齢の長老だけは動じず。

 じっとフェルを睨みつけている。


「なるほど……分かったよ」


 最高齢の長老は話を聞いてしばらく沈黙していたが、ゆっくりと口を開いた。


「魔法さえあれば、人間に対抗できる。

 確かにそうかもしれないね。

 でもね……」


 じっと二人を睨みつける最長老。

 まるで忌むべきものでも見つめるかのようなその視線に、軽蔑の意味が込められている気がした。


「人間たちはやられたまま終わらない。

 必ずやり返しにくるよ。

 それも百倍や二百倍の力で。

 たとえ魔法を手に入れたとしても同じ。

 もっと強い魔法でやり返されるだけだよ」

「でっ……でも……」

「フェルもカインも、

 何も知らないからそんなことが言えるんだよ。

 かつて何人もの白兎族が同じように考えた。

 人間に勝てる、人間に対抗できる。

 そう信じて戦いを挑んだ者たちがいる。

 でも今は一人も残ってないよね?

 どうしてだと思う?」


 最長老の言葉を聞いて、顔を見合わせる二人。


「彼らはね……みんな死んでしまったんだ。

 戦おうとした者も、その賛同者も。

 一人残らず駆逐された。

 だからその思想も受け継がれない。

 逃げることを最優先に考える者だけが生き延びて、

 今日に至る。

 つまりはそういうことだよ」


 最長老の言葉はずしんと響くように、フェルの耳に届く。

 今までに魔法を使って人間と戦い成功を収めた者がいたら、その者の思想は後世に受け継がれているはず。


 でも……その思想を受け継いだものは一人もいなかった。

 ただの一人も。


 白兎族は誰もが弱虫で、戦う訓練だってろくにしない。

 ちょっと痛い思いをするだけで怖気づいてしまう気弱な者たちばかり。

 人間と戦おうなんて考える者は一人もいない。




 でも、生き残った。




 生き残った者たちの子孫は繁栄を続けている。

 戦うことを知らぬ者たち。逃げ惑うしかできない弱きものども。

 彼らは古来より続けられた生存競争の果てに生まれた、一つの答え。


 戦うよりも逃げることを選んだ者たちが正しかったことを証明している。


「だからね……戦おうなんて考えたらダメだ。

 僕たちは逃げること以外、選択してはならない。

 それ以外の選択肢は死に繋がっている。

 二人とも、よく考えて。

 できることなら考え直して。

 危機が迫っているのなら対策を練らなくちゃね。

 でも……それはどうやって戦うか、じゃない。

 どうやって逃げるか、なんだよ」

「「…………」」


 フェルもカインも黙るしかなかった。

 長老の言葉に何も言い返せず、その場に立ち尽くす。


 魔法を使ったところで結果は同じ。

 人間には絶対に勝てない。


 だから……最初からあきらめて逃げた方がいい。

 命さえあれば新天地で別の人生を歩める。


 戦えば全滅。

 一人残らず死に絶える。


 そんな絶望的な現実。


 二人は何も言い返せず、とぼとぼと長老たちの部屋を後にする。

 団員たちには逃げる準備をしておけというしかないだろう。


「俺、やっぱり納得いかない」


 帰り道、カインがぽつりと言う。

 フェルも同じ気持ちだった。


 けれど、どうしても長老に反論できなかった。

 彼が正しいと思ってしまった。


「戦う練習なんて意味がなかったのかもね」


 フェルは言ってからはっとして口を両手で塞ぐ。

 カインが恨みがましい目でこちらを見ている。


「お前まで、そんなことを言うんだな」


 吐き捨てるように言い残し、フェルを置いて歩いて行ってしまった。

 その背中を黙って見送る。


 彼の隣に並んで歩く資格など無いと感じたフェルは、一人自分の家へと向かう。


 明日、目を覚ましたらカインの所へ行こう。

 そして謝るのだ。


 一晩経てば彼も頭を冷やして謝罪を受け入れてくれると思う。

 そう思っていたのだが――その機会は訪れない。






 里が襲われたのはその晩のことだった。

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