315 フェルの恋は実らない23
行方不明になった仲間たちはその日の夜になっても帰ってこなかった。
いよいよ状況が危うい。
フェルたちはすぐさま長老の元へ状況を報告しに赴いた。
長老と呼ばれる者は複数存在し、彼らは数か月に一回集まっては里の方針について話し合う。
里は緩い合議制の社会制度によって運営されているが、これと言った決まりなどは存在せず、群れに所属する者たちが各々で問題を解決するようゆだねられている。
ほとんど存在しないに等しい群れの支配階級ではあるが、群れの者たちは彼らのことを尊敬の念を含めて“長老”と呼んでいる。
長老と言っても見た目はほとんど普通の白兎族と変わらず、人間でいえば若い子供の姿のまま。
白兎族の者たちは若々しい容姿を保ったまま年を取り死んでいくのだ。
身体が老化するにつれ醜く衰えていく人間からしたら、白兎族の肉体は羨ましく思えるのかもしれない。
「ううん……話は分かったよ」
悩まし気に眉を寄せるのは、この里で一番歳をとった長老。
かれこれ120年くらいは生きているという。
長老たちが集まる地下の部屋。
数人の長老が座布団に胡坐をかいて腰かけている。
フェルとカインはその中央に立ち、現状を彼らに伝えた。
「ここへ移住して100年以上が立つけど。
人間が襲ってくることはなかったね。
前の獣人との戦争の時でも、
彼らは中立を保つ僕らを襲わなかった。
なにか理由があるのかもしれないね」
その理由が判明すれば。
根源となる原因を取り除けば。
この里が襲われることもないかもしれない。
けれどもその理由が何か分からないと、解決の道筋は建てられないだろう。
「理由なんてどうでもいい。
とにかく今は身を守ることが先決だ。
もう仲間が何人もやられてる。
俺たちでなんとかするんだ!」
カインはまくし立てるように言う。
床に敷かれた座布団の上で正座をする長老は表情を崩さずに、憤るカインを見上げる。
他の長老たちも動じていない。
彼らはずっと落ち着いた様子で報告を聞いていた。
「待って、カイン。
人間と争ってはだめだよ。
我々では決して彼らに勝てない」
「そんなの……分かってるよ。
槍や剣で戦っても無理なことくらい。
俺だって、フェルだって誰だって分かってる」
「じゃぁ、どうすればいいか分かるね?」
長老は諭すように語り掛ける。
カインはぎゅっと両こぶしを握り締め、わなわなと身体を震わせていた。
フェルはそんな彼を傍らで見守る。
感情を押しつぶし、爆発するのをひたすら耐えている彼を見ていると胸が痛んだ。
「逃げる……んだろ?」
「そうだよ。
他に方法はない」
長老は小さく頷いた。
他の者たちもうんうんと同意している。
長らく平和を保っていた里が前代未聞の危機に襲われました。
人間たちが白兎族を奴隷にしようと狙っています。
じゃぁ何か対策を立てましょう。
そこで白兎族の者たちは、真っ先に“たたかう”選択肢を除外する。
戦うよりも逃げてしまった方が、はるかに生存効率が高いからだ。
力で劣る白兎族が生き残るには、散り散りになってその場から離れるしかない。
逃亡こそ最良の策。最適解。
人間に対抗する手段などなく、古来より白兎族は逃げることで生き残ってきた。
わずかでも生き残りがいればすぐにまた数を増やせる。
“たたかう”など最初から選択肢のうちにないのだ。
「本当にそれでいいのかよ……。
ずっと守って来た故郷だろ?
100年以上も続いた歴史のあるこの土地を、
そんな簡単に捨てちまっていいのかよ?」
「うん。いいよ」
長老の返答に迷いはなかった。
最初から答えは決まっていたのだろう。
「なんども言うけど、他に方法がないんだ。
人間と戦うなんて考えられない。
全員でこの里を捨てれば、全滅はしなくてすむ」
「その過程で仲間が何人も捕まるんだぞ。
殺されるかもしれないんだぞ。
本当にそれでいいのかよ⁉」
「戦ってもそれは同じだよね?」
「ぐっ……」
長老の問いに言葉を詰まらせるカイン。
結局のところ、戦ったとしても、逃げたとしても、犠牲がでることに変わりはないのだ。
戦うか逃げるかの二択であれば、逃走を選んだ方が犠牲者は少なく済む。
戦い慣れしていない白兎族にとって戦争を選ぶのは、自殺行為に等しい。
であれば、たとえ住み慣れた土地であったとしても早々に手放してしまい、新天地を目指した方が生存率は上がる。
「だけど……でも……」
「まだなにか言いたいの?
何を言っても結論は変わらないよ。
この里を捨てるのは惜しいけど、命には代えられない。
逃げるしかないんだよ」
「……っ!」
長老を前に、悔しそうに唇をかみしめるカイン。
彼は白兎族が人間に対抗できる手段を知っている。
魔法の力を手に入れれば、条件さえ整えば、人間と対等に渡り合える。
それどころか、敵を打ち負かして勝利し、逆に支配することだって可能。
その可能性を信じているからこそ、長老たちのやり方に憤りを覚えるのだ。
白兎族は決して弱くない。
逃げることだけが生存のための戦略ではない。
だから――
「フェル……」
カインはフェルに視線を向ける。
お前はどう思うんだ?
問いかけるようなその瞳を前に、フェルは沈黙を続けることはできないと悟った。
ここで何も言わないまま終わったら、彼との関係も終わるだろう。
そう確信していたから。




