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314 フェルの恋は実らない22

「えっ……」


 言葉を失うフェル。


 あまりに急な報告に戸惑いを隠せない。


「人間が……僕たちを?」

「ああ、そうだ。

 街へ行って聞いたんだ。

 奴隷商人が俺たちの里を襲って、

 白兎族を捕まえて奴隷にするって噂をな」

「でも……噂なんでしょう?」


 フェルは震える声で尋ねる。


 もしかしたらカインの聞き違えかもしれない。

 彼はただ、間違った噂を耳にして、慌てているだけかもしれない。


「いや……間違いじゃないぞ。

 もう既に何人か白兎族が捕まってる。

 みんなまだ気づいてないけど……」

「それ、本当なの?!

 だって自警団が毎日見回りを――」

「その自警団の仲間が捕まったんだよ」

「……え?」


 自警団が?

 そんなはずはない。


 なにかあればすぐに連絡がくるはずだ。

 誰かいなくなったなんて、そんなことはまだ――


「おおい! フェルぅ!」


 団長の声だ。


 声が聞こえた方を見ると、団長が血相を変えて走って来るのが見えた。


 嫌な予感がする。

 恐怖と緊張で息が詰まりそう。


「ハァ……ハァ……フェルぅ。

 よかった……カインも……いた」


 二人の所まで走って来た団長は、肩で息をしながら前かがみになって呼吸を整えている。


 彼が次に何を言うか。

 フェルは予測がついていた。


 そして……その予測が間違っていて欲しいと。

 心の底から願う。


 この不安が杞憂に終わることを願うばかりだ。


 そうだ……きっと勘違いだったのだ。

 カインが耳にしたのはなんの根拠もないうわさで、誰かが適当に考えたデタラメ。

 自警団の仲間が行方不明にというのも、聞き違えか、それともただの勘違いか。


 どちらにせよ、団長の言葉を聞けばすぐに分かるはず。

 彼はこの不安を拭い去って笑い話に変えてくれるだろう。


 そんな淡い希望を団長の言葉は粉々に打ち砕く。


「昨日……見回りにでた仲間が……!

 今朝になっても帰って来ないんだ!

 一人も! 一人も戻ってこない!」


 ああ。

 フェルは気が遠くなるのを感じる。


 目覚めることのない悪夢が幕を開けたのだった。



 ◇



 団員を集めて緊急の会議が開かれた。


 急に呼び出された団員たちは不満そうにしていたが、仲間が行方不明になったと聞いて途端に不穏な空気が漂い始める。


 ざわざわとどよめき立つ彼らを前に、カインは怒鳴り声をあげる。


「落ち着け! 俺たちがビビッてどうする⁉

 里を守るのは俺たちだろ!

 そんなんで故郷を守れるのかよ?!」


 カインの声は広間の隅々まで響き渡り、団員たちを一瞬で黙らせた。

 水を打ったようにとはまさにこのことで、話し声で騒がしかった会場から一切の話し声が消え失せる。


 静謐なこの空間を支配しているのは、人間たちへの恐怖。

 そして弱くて儚い自分たちへの憤り。


 もし人間たちが本気を出して攻め入れば、白兎族の里はひとたまりもない。

 一日も持たずに陥落し、何もかもが奪われてしまうだろう。


 どうあがいても絶望しかないこの状況に、誰もが閉塞感を覚えている。


 詰み。

 まさに今はその状況にある。


 人間に目を付けられた時点でおしまいなのだ。


「なぁ……でも、どうするんだよ?

 人間と戦うのか?

 俺たちだけで?

 どうやって戦えば勝てるんだよ⁉」


 団長がカインに尋ねる。


 彼の問いはこの場にいる全ての団員を代表していた。

 誰もが不安そうな表情を浮かべてカインの返答を待っている。


 重苦しい、の一言では言い表せない、焦りと不安に満ちた空気。

 その空気を形成しているのはやはり、人間に対する恐怖心だろう。


 白兎族が人間に対抗する手段なんてない。


 人間と触れ合ったことのある彼らは、多少なりともその脅威を認知している。

 圧倒的な対格差。豊富な知識と高い技術力。魔法の扱いに長けた者の存在。


 そして何より、戦うことに関する経験の差。


 白兎族100年に渡って平和なこの里で呑気に暮らしている間にも、人間は獣人と戦争をして彼らを追い払い、この地を我が物としたのである。

 獣人と戦って勝利するような連中を相手に、どう戦えというのだ。


 この場にいる誰もが、戦う前から屈していた。


「さぁな……でも戦うしかないだろ。

 覚悟を決めろ。

 なんのために訓練を続けてきたんだ?」

「ぃや……そのぅ」


 モジモジしながら目を逸らす団長。


 懸命に訓練を続けていた彼だが、いざ戦うとなると別らしい。

 やはり怖いのだろう。


 他の団員たちも似たような反応をしている。


「でもさ、何かの間違いかもしれないし。

 いなくなった奴らも戻ってくるかもしれないだろ?」

「じゃぁ、お前が今晩の見回りをしろ。

 一緒に行くメンバーは俺が決めるから」

「待って! お願い待って!」


 慌てて懇願する団長。

 泣きそうになりながらカインの身体に縋りついている。


 カインはそんな団長へ憐れみの視線を向けた後、フェルの方を見やる。


 これが現実だよ。

 彼はそう訴えるかのように、諦念に満ちた表情を浮かべていた。

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