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313 フェルの恋は実らない21

 翌日。

 フェルはほとんど眠れないまま朝を迎えた。


「うわぁ……最悪な朝だ……」


 昨晩、カインと喧嘩別れをしたまま逃げ帰り、ベッドにもぐりこんだ。

 けれど高鳴った鼓動はなかなか落ち着かず、頭の中で彼の言葉がリフレインしていた。


『お前のことが好きだ』


 フェルは都合のいい言葉だけを切り取って、頭の中で何度も繰り返す。


 他にもいろいろ話していたはずだが、カインはフェルに愛していると伝えた記憶だけが強く印象に残ったのだ。


「本当にバカだなぁ……僕は」


 フェルは自分のバカさ加減に嫌気がさした。


 カインのことを大っ嫌いだと言って突き放したくせに、彼の言葉にときめいている自分がいる。

 なんであんなやつのことを……。


 最低最悪。

 カインの本性を知って、真っ先に思い浮かんだ言葉。


 あんなクズのことを好きになったなんて、信じられない。

 アイツはどうしようもないクズだと頭では分かっている。


 なのに……なんで。


 カインへの気持ちを捨てきれないでいる。

 どうすればこの恋を終わらせられるのだろうか?


 フェルには皆目見当もつかなかった。



 ◇



 カインは自警団の訓練に顔を見せなくなった。


 仕方がないので、フェル一人で訓練の計画を組むことにする。

 団長は相変わらず何もしてくれないので、全ての仕事を一人でこなさなければならない。


 といっても……彼の生活は今までとそう変わらなかった。


 カインの相談に乗っていた時間が、そのまま計画を作る時間になった。

 一人ぼっちでの作業になるけど、別に構わない。

 むしろ一人の方が集中できていい。


 フェルの仕事は自警団の行動予定の計画を組むこと。


 メンバーを入れ替えながら見回り組と訓練組に分ける。

 数日ごとに団員に休みを与える。


 紙に計画を書き込んで地下中央の掲示板に張り出しておけば、団員たちは自分たちで読んでくれる。

 訓練の指導は団長や初期のメンバーが担当してくれているので、フェルはただ計画を作るだけでよかった。


 別にそれほど難しい作業ではない。

 自分の時間が減ったわけでもない。


 ただ……カインがいなくなっただけ。


「おおい、フェルぅ!」

「……セツ?」


 一人で作業に取り組んでいると、セツが尋ねてきた。


 以前よりも少し太ったかな?

 身体がムチムチになって……うん?


 フェルはセツのお腹が大きくなっていることに気づいた。


「え? セツ? もしかして……」

「うん、おめでただよ」


 嬉しそうに微笑んで舌を出すセツ。

 フェルはとても微妙な気持ちになった。


「わざわざ報告しに来てくれたんだ。

 入って、お茶を淹れるから」

「あっ、いいって。気なんか使わないで。

 これからお父さんとお母さんの所へ行くんだ。

 しばらく実家で暮らそうかなって」

「……え? カインは?」


 もしかしてカインが蒸発したのではと、不安を覚えるフェル。


「ちょっと仕事をしてくるって出かけちゃってさ。

 でも、夜には帰ってくるんだよ。

 どこで何をしてるのか分からないけど。

 一人だと危険だから実家に避難することにしたの。

 赤ちゃんが生まれたらまた二人で暮らすつもり」


 カインはいちおう、真面目に働いているようだ。

 訓練に顔を出さなくなったのはそれが理由なのだろうか?


 ……嫌な予感がする。


「ねぇ、何か変わったことない?

 カインが変なことを言い出したとか」

「別に? 普段通りのカインだったよ。

 お帰りのちゅーもしてくれるんだよ。

 羨ましいでしょ」


 いや、まったく。

 以前の自分なら嫉妬していただろう。


 フェルの心境は実に複雑だった。


 カインを愛している気持ちは未だに残っている。

 けれども……彼を尊敬できるかというと、話は別。


 セツを愛しているふりをしながら、フェルに対しても色目を使ったのだ。

 そんなやつをどう尊敬しろというのだ。


 カインは軽蔑すべき相手である。

 なのに……どうして。


「フェル? どうかしたの?」

「え? いや……なんでもないよ。あはは」

「今日のフェル、ちょっと様子がおかしいよ?」


 おかしくなんてない。

 おかしいのはカインの方が。


 あんなやつ……あんなやつ……。


「じゃぁねー!

 フェルも早くツガイを見つけるんだよー!」

「……うん」


 セツは別れの挨拶をして去って行った。

 小さくなっていく彼の背中を微妙な気持ちで見守る。


 当分、恋なんてしないだろう。

 今の自分には誰かを愛する権利なんてない。


 少なくとも、心の中に救うカインを想う気持ちを追い出さない限り。

 ツガイなど作らず一人でいるべきなのだ。



 ◇



 その晩。

 一週間の計画表を作り終えたフェルは、ぐったりと机に倒れこんだ。


 作業が大変だったんじゃない。

 カインのことで気持ちが落ち着かないのだ。


 何をしていてもずっと、頭の中ではカイン、カイン、カイン。

 彼のことばかり考えている。


 そろそろ気持ちを切り替えないと、ノイローゼになってしまうかもしれない。

 フェルがかかった恋の病は重症だった。


「おーい、フェル君はいるかな?」


 カインの声がする。


 フェルは最悪な気分になりながらも、扉を開く。

 そこには彼の姿があった。


「なんのよう?」

「話があるんだよ。悪いニュースがある」


 カインはとても怖い顔をして言う。


「悪いニュース?」

「ああ、手短に言うぜ。

 人間たちがこの里を襲おうとしている。

 俺たちを捕まえて奴隷にするつもりだ」

明日の更新ですが、都合によりお休みします。

楽しみにしてくださっている皆様、申し訳ありません。

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