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31 謎の嬰児

 勇者のアジト。フェルの案内で最深部へと向かう。


 フェルは迷わずに進んでいく。ほぼマッピングを完了させたらしい。

 白兎族は地下生活を好む種族。地形の把握やトラップの察知などに長けている。おまけに敵察知能力も備わっているので、ダンジョン探索にはうってつけだ。

 彼にアジトの接収を依頼したのも、この能力を持っているからだ。


「……ここです」


 フェルは扉の前で立ち止まる。


「ここに人間の赤ちゃんがいるって言うの?

 泣き声ひとつ聞こえてこないけど?」


 サナトが尋ねる。


 人間の赤ちゃんと聞いて心配になった俺は、彼女にも協力を求めたのだ。

 ただの赤ん坊なら問題はない。しかし勇者たちが秘密裏に作ったアジト。そんな場所に放置されているとしたら、ただの赤ん坊でないのは明らかだ。


 魔法に詳しい奴の協力が必要。サナトなら的確に分析してくれるはず。


「うん、そもそも目覚めてなかったからね」


 フェルがサナトに言う。この二人は地位が対等なのでタメ語で話している。


「目覚めてない? 眠ってたのかしら?」

「眠ってたと言うよりも……。

 そもそも生きているかどうかも疑わしいんだ」

「え? じゃぁ、死体が置いてあっただけ?」

「死んでる……のかなぁ?

 いまいちハッキリしなくて……」

「実際に見て確かめた方が良さそうね。

 扉を開けて頂戴」

「……うん」


 フェルは扉に手をかけ、ゆっくりと押して開く。


 その部屋は小さな部屋だった。


 六畳くらいの大きさの正方形の部屋。中央に置かれたガラスケースの中に人間の嬰児えいじが納めされていた。


「これは……?」


 俺はそのガラスケースの中を覗き込む。


 中に寝かされているのは、間違いなく人間の嬰児えいじ。ちんちんがないので性別は女だろう。

 しかし……おかしい。呼吸一つしていない。

 明らかに死んでいるも同然な状態なのだが、どういうわけか死んでいるように見えない。肌の艶も良いし、今にも目覚めそうだ。


 よく分からんな。なんなんだこれは。


 ただ一つ言えるのは……これはただの赤ん坊ではないと言うことだ。


「なんでしょう……これ?」


 フェルが俺の方を見て尋ねる。


「さぁな、さっぱり分からん。

 サナトはどう思う?」

「うーん……ちょっと分かりませんね。

 普通の人間の赤ちゃんでないことは確かでしょう。

 眺めているだけでは分かりません。

 ケースを外して触ってみませんか?」


 これを……触る?

 なんだか怖いなぁ。


 しかし、見ているだけでは何も分からない。

 実際に確かめてみる他ないだろう。


「よし、フェル。ケースを外すぞ」

「わかりました」


 俺はフェルと一緒にケースを持ち、ゆっくりと外す。

 ……結構、重いな。


 ケースを外したら間近でよく観察する。間違いなく呼吸はしていない。

 しかし、触ってみると……。


「むっ、暖かい……ぞ」

「「えっ?」」


 赤ん坊の肌はほのかに暖かかった。


「それ、本当ですか?」

「フェル、お前も触ってみろ」

「はい……あっ、本当だ」


 赤ん坊の身体は暖かい。呼吸を一切していないにも関わらずにだ。


 しかし……妙だな。


 昨日、ミィと手を触れあったが、あの時に感じた暖かさとは明らかに異なる。

 人のぬくもりとは違う異質な生暖かさ。手を放してからも指先に纏わりつくような、なんとも言えない不快な温度。


 本当になんなんだ……これは。


「サナト、お前も触ってみろ」

「はい……ううん? なんでしょうか、これ。

 妙な魔力がすごい勢いで巡っています。

 人間の形をしていますが全くの別物。

 器のようなものではないでしょうか?」


 そう言って嬰児えいじに触れた手をハンカチでぬぐうサナト。

 彼女も感触に違和感を覚えたらしい。


「器……だと?」

「この赤ん坊に何かを封印しているか、

 あるいは何かを呼び出すカギになっているか。

 そのどちらかかと」

「つまりこれは化け物を呼び出す装置だと?」

「平たく言えばそんな感じですね」


 ううむ……勇者どもめ。なんてものを……。


「処分は可能か?」

「ちょっと難しいですねー。

 触らぬ魔神に呪いなしと言いますし、

 人目に付かない場所で保管するのが得策かと。

 安全なのは遠くに運んで放棄することですね。

 それこそ、人間界の奥深くまで持って行って、

 爆発するまで放置するとか……」


 とんでもねーこと考えるな、この子。

 もしそんなことになったら沢山の犠牲が……。


「あっ……勇者たちの狙いってもしかして……」

「その、もしかして、でしょうね……はぁ」


 サナトはため息をついた。


 恐らく、勇者たちは……この赤ん坊の媒体を使って恐ろしいものを呼び出し、魔族の領域で暴れさせるつもりだったのだろう。


 マジでろくなことを考えないな、奴らは。貴様らの血は何色だ。


「人が多い場所で化け物を召喚すれば、

 多くの犠牲が出ますし、混乱も起きます。

 それに乗じて魔王を暗殺する。

 なんて、奴らが考えそうな手ですよね?」

「……だな」


 奴らの目的は魔王の殺害。そのためにはどんな手段だって講じるだろう。


 手段を択ばない連中は厄介だ。とにかく全力で相手を殴ることしか考えない。交渉のテーブルに着こうにも拒否されるだろうし、勇者たちと和解するのは不可能だろうな。

 この前のマティスってやつも話が通じない系の筆頭だった。勇者なんてあんなのばっかりなのか。


 あーあ、マジで死んでくれねぇかな、勇者。

 本当に厄介な連中だよ。害悪以外の何者でもない。


 よくよく考えるとゲームって理不尽だよな。せっかく頑張って勇者を殺害したとしても「しんでしまうとはなさけない!」の一言で済まされ、せいぜい所持金が半分になるくらいのペナルティしかない。


 勇者ってクソい。改めてそう思った。


「とにかくこれを、なんとかしなければならんな。

 フェル、何かいい案はないか?」

「ええっ……そんなこと言われても……あっ、そうだ。

 ユージさんの住んでいる部屋の隣に、

 これを封印する部屋を作るのはどうですか?」


 何言ってんだ、コイツ?


「ああ、それなら問題なさそうね。

 ユージさまならしっかり保管してくれるはずよ。

 ですよね?」


 サナトまでこの流れに乗るか……クソがぁ。


「ダメだ、断る」

「でも他に任せられる人がいません。

 ユージさまだけが頼りなんです。

 お願いします、ユージさま。

 この国を救うと思って……」


 うるんだ瞳で俺を見上げるフェル。

 そんな顔したって駄目なんだからな。


「そんな頼み方じゃだめよ、フェル。

 もっとこう、誠心誠意お願いしなくちゃ」

「え? どうやって?」

「こうするの……よ」


 サナトは両腕で胸のあたりを圧迫するポーズをとる。


「……なにそれ?」

「いろじかけ」

「それのどこが?」

「かわいいでしょう?」

「うーん……」


 サナトのツルペタボディではどんなに寄せてあげても平たいままだ。300歳にもなるロリBBAがなにをしているのか。


 残念なことに俺にはロリ属性も熟女属性もない。

 彼女の色仕掛けに屈することはないだろう。


「ええっと……こう?」


 フェルも真似をして寄せて見せる。

 見た目ショタの彼がそんなことをしても全く色気がない。

 お前の需要はそこじゃないだろうと。


「そうそう。それで色っぽい声を出すの」

「色っぽい声?」

「うっふん、あっはんって」

「うっふん、あっはん」

「そうそう、そんな感じ」

「ううん……よく分からないよぉ」


 分からなくていい。

 サナトはフェルをからかって遊んでいるだけだ。


 この女、以前からフェルに妙な絡み方をする。

 変な風にからかって遊んでいるのだ。


「さて……冗談はこれくらいにして。

 これを引き取って下さいますよね?」

「ううむ……」


 サナトに迫られ、NOと言えない。


「分かった。なんとかしよう」


 俺は謎の嬰児えいじを引き取ることにした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 生きているようで死んでる嬰児。 何かの器。 これは凄い! このアイデアには脱帽する。 一気に面白くなってまいりました!
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