306 フェルの恋は実らない14
カインと特訓を始めて半年ほどが経過。
フェルは少しずつ技術を磨いていき、槍の扱い方もさまになってきた。
実戦で役に立つかどうかは分からないが、それでも最初の頃と比べたらその腕前は格段に上がったと言える。
カインはナイフの使い方も教えてくれた。
ナイフを上手く使えば、白兎族でも人間を殺せるという。
人間の子供くらいの身長しかない白兎族は、人間の大人からは目線に入りづらい。
そのため、混戦状態の時に敵に忍び寄って、太もものあたりにナイフを突きさすのだそうだ。
ナイフは一度突き刺すと、そこから多量に出血をする。
出血している状態が続くと動けなくなってしまい、大抵の人間はそのまま死ぬ。
助けるにはすぐに血を止めて回復呪文で傷を塞ぐしかない。
「ナイフは使い方を覚えれば最強の武器になるぞ。
剣や槍と違って持ってるのが分かりにくいからな。
何か所か刺したらさっさと逃げるのがセオリーだぜ」
「まるで暗殺者みたいだね」
「そうだ、敵を奇襲するために使うんだ。
それ以外だとけん制するくらいしか使い道がない。
武器としてはいまいちなんだよなぁ」
最強の武器になると言いつつ、いまいちという。
矛盾しているようで、してなさそうな。
あいまいな感じ。
だがフェルはカインの言いたいことが分かる。
白兎族が戦うには、敵に殺意を悟られてはいけない。
ナイフのような小さな武器を使って、気づかれる前に息の根を止めるのだ。
小柄な白兎族には奇襲の他に有効な戦闘方法がない。
だから手段にこだわってなどいられないのだ。
どんな手を使ってでも勝つ。
たとえ卑怯だと罵られても、構わない。
生き残らなければ意味がないのだから。
「ねぇ……他に何かいい攻撃方法ってない?」
「そうだな……。
遠距離での攻撃は、弓よりも投石の方が有効だな」
「え? 投石?」
石を投げて戦うと言いわれても、いまいちピンとこない。
石なんかぶつけて敵を殺せるのだろうか?
「投石っていっても、手で投げるんじゃないんだ。
布でくるんでぶんぶん振り回して投げる。
遊んだことあるだろ?」
「ええっと……」
石を投げて遊ぶのは危険だと、親から教わった。
なので一度もやったことがない。
「その様子だと知らねぇんだな。
こんど試してみろよ。
すっごくよく飛ぶから」
「弓よりも投石が有効なのって、どうして?」
「扱いやすさの問題だよ。
弓は訓練が必要だし、おまけに力もいる。
でも投石ならそこまで練習しなくてもいい。
おまけに弾はそこら中に転がってるからな」
カインは足元に落ちていた石を拾い、布で包む。
頭の上で布を振り回して一気に振りかぶると、石は遠くの方へ勢いよく飛んで行った。
「へぇ……すごいね!」
「あれに当たったら、人間でもひとたまりもない。
弓と比べたら飛距離もないし、威力も劣る。
けど、俺たちが習得するとしたら断然コッチだな」
「みんなで練習すれば人間に勝てるかな?」
フェルが尋ねると、カインは肩をすくめて頭を横に振った。
「いや……無理だろうな。
あくまで投石は魔法を補助する手段だ。
結局は魔法が使えないと意味がない。
人間の弓には敵わないからな」
「そっか……」
最終的にはやはり魔法か。
だったら最初から魔法の使い方の訓練をすればいいじゃないかと思ったが、すぐにその考えを打ち消す。
カインが戦い方の基礎を叩きこんでくれたから、魔法で敵と戦うイメージをつかむことができたのだ。
槍やナイフ、そして投石など。
様々な攻撃手段があるが……その一つ一つに異なった目的が存在する。
魔法もその手段の一つに過ぎない。
魔法の使い方ばかり習っていても、具体的な戦い方のイメージを頭の中で描くのは難しいだろう。
やはり基礎は大事だ。
基礎を疎かにしていたら、戦いの本質が見えてこない。
「じゃぁ、そろそろ魔法を……」
「焦るなって、フェル。
落ち着けよ。
まずは連中を育てるのが先だ。
それまでは今まで通りの訓練を続けろ」
カインは離れた場所で訓練を行う自警団のメンバーに目を向けた。
あれから団長は逃げずに訓練を続けている。
最初は弱音ばかりはいて訓練を嫌がっていた彼だが、時間が経つにつれて団長としての自覚を持つようになり、今では率先して団員の育成に励んでいる。
そんな彼の姿を見て感化されたのか、他のメンバーも少しずつ参加しだした。
最近になってようやく新しく自警団に参加する者も現れ始めた。
規模はどんどん拡大して、今では総勢30名近くの団員が訓練に臨んでいる。
「そんなんじゃだめだ!
腰をいれろ! 腰を!」
「「「はい!」」」
槍の使い方を指導する団長。
最初のころと比べて随分とさまになっている。
「あいつもまだまだ訓練が必要なのにな。
威張ってられる立場かよ」
カインは吐き捨てるように言う。
団長はまだそれほど強くない。
今のフェルなら数秒でぶっ飛ばせるはずだ。
「あとで団長と取っ組み合いをしてこいよ。
みんなの前で恥をかかせてやれ」
「…………」
それもいいかな。
可哀そうだとは思わない。
自分の弱さを自覚せぬものに、戦士を名乗る資格などない。
弱さを自覚して強くなろうと足掻く者だけが、本物の戦士になれるのだ。




