304 フェルの恋は実らない12
団長はフェルと比べて根性が無かった。
ついでに言えば、体力もないし、センスもないし、何もかもがダメダメだった。
「えい! やぁ!」
「ダメだ! もっと気合を入れろ!」
「ひいいいい!」
カインに怒られて悲鳴を上げる団長。
この調子では彼が一人前になるにはまだ時間がかかりそうだ。
「ふぅ……」
フェルは深く息を吐いて集中する。
気持ちが乱れているとパフォーマンスを十分に発揮できない。
どんな時も気を乱さずに集中し続けることが大切だ。
「フェル、そっちは順調か?」
「え? あっ、うん。団長は?」
「ダメだ、もうへばってる」
カインが指をさした方を見ると、団長が地面に這いつくばってへとへとの状態になっていた。
この調子では、彼が一人前になるにはまだまだかかりそうだ。
「ねぇ、カイン。
一人で旅をしている時に何をしてお金を稼いでたの?」
「俺は冒険者をしてたよ」
「え? 冒険者?!」
冒険者と言えば、魔物を討伐したり、ダンジョンを攻略したりと、様々な戦いに臨んでお金を稼ぐ人たちの総称だ。
場合によっては傭兵に転身することもあり、数ある職業の中でも特に危険が伴う仕事。
そんな危険な仕事をカインがしていたなんて。
「そんなに意外かよ?」
「冒険者って大変そうだなぁって思ってたから。
ちょっとビックリしちゃった。
でもカインならできそうだよね」
「まぁな」
照れくさそうに笑うカイン。
「それで、冒険者ってさ。
人間とも戦ったりするの?」
「まぁ……たまにな。
俺も何回か人間と戦ったことがあるぞ。
仲間と一緒に戦争にも参加した」
「へぇ……」
やはりカインはかなりの経験を積んでいる。
彼の戦いに関する知識は相当なものだ。
「でも俺は身体が小さいからな。
基本的に直接やり合うことはなかったよ」
「え? じゃぁ何をしてたの?」
「斥候とかだな。
敵の居場所を探って報告するんだ。
あとは、食糧庫に火をつけたりとか。
物を盗んできたりとか」
「へぇ……」
カインは小柄ですばしっこい白兎族の特徴を生かして、彼にしかできないことをして貢献していたという。
確かに偵察などの任務であれば、戦闘力で劣る白兎族でも十分役に立てる。
「ほら、俺たちって土の声を聴けるだろ?
あれって魔力を感じ取ってるんだよ」
「え? 魔力を? 土にも魔力があるの?」
「ああ。俺たち白兎族が土を掘れるのは、
土が持ってる魔力を借りるからだ」
カインによると、魔力は自分が持っている分の他に、自然界に存在しているものを間借りすることもできると言う。
白兎族が土を掘る際に祈りを捧げる文句は、そのまま魔法の詠唱の役割を果たすそうだ。
「土を掘る力も魔法ってこと?」
「ああ、つまりはそう言うことだ」
「でも僕は習得の儀なんてやってないよ?
どうして魔法が使えるの?」
「俺も詳しくは知らないんだが……」
一部の種族は習得の儀を行わなくても、すでに魔法を習得した状態で生まれてくる。
土を掘る魔法は白兎族だけが使える特別な魔法で、習得の儀も必要ないそうだ。
「俺たちが土の声を聴けるのも、実は魔法の一種なんだよ。
魔法で土に含まれた魔力を探り当ててるんだ」
「へぇ……てっきり耳で聞いてるのかと思った」
「まぁ、この耳で魔法を発動してるみたいなもんだからな。
聞いてるのとさして変わりないと思うぞ」
親指を立てて自分のうさ耳を指し示すカイン。
白兎族のうさ耳は魔力の痕跡を察知する力を持っている。
この耳を失うと、その力も失われるらしい。
「魔法って難しい技術だと思ってたけど。
僕たちは気づかないうちに使ってたんだね」
「詠唱とかするイメージが強いよな。
魔法にも色々あってよぉ。
攻撃する以外にも、傷を癒したり、死者を操ったり、
いろいろできるみたいだぞ」
「へぇ……」
カインの話は知らないことばかりだ。
聞いていてとても楽しい。
「世の中には魔女ってやつらがいてなぁ。
そいつらは邪神と契約してて、
お祈りしなくても魔法が使えるらしい」
「へぇ……会ったことある?」
「いや、一度も」
世界には様々な種族が存在するが、カインが目にしたのはその中でもごく一部。
魔族の領域へ行けば多くの亜人種と出会えるとか。
「人間の世界だとエルフとかドワーフとかの中立の種族くらいしかいないからなぁ。
魔族には滅多に会えないよ」
「魔女って魔族なんだ」
「邪神の僕だからなぁ。人間の敵らしいぞ」
「ふぅん……」
魔女と聞いても、どんな人たちなのか想像できない。
ほうきに乗って空を飛ぶというけど、一体どんな人たちなのだろうか。
(世界って広いんだなぁ……)
フェルは里からでたことがない。
カインと一緒に世界を旅してまわれたら、どんなに楽しいだろうか。
もちろん、楽しいことばかりではないと思うけど。
でも……やっぱり憧れてしまう。
どこまでも続く見知らぬ世界に。
「魔女以外にはどんな種族がいるの?」
「そうだなぁ……オークとかゴブリンとか。
こいつらになら会ったことがあるぞ」
「ホントに⁉ どんな人たちだった?!」
見知らぬ種族の話に興味津々のフェル。
早く話の続きが聞きたい。
「おおぅ、えらく食いつくなぁ。
よし。俺の知ってる奴らの話を聞かせてやるよ」
「やったぁ!」
訓練なんてそっちのけで、カインの話に夢中になるフェル。
このままずっと彼の話を聞いていたい。
「ううん……」
気を失っている団長がうめき声をあげるが、フェルは全く気付かなかった。
彼の耳にはカインの声しか届いていない。