302 フェルの恋は実らない10
「ほらっ! もう一回!」
「もっ……もうだめ……」
カインの訓練に耐えきれず、へたり込んでしまうフェル。
槍の使い方を覚えるということで、基本的な動作の訓練を繰り返し行っている。
100回突きを行ったのだが、同じ動作を繰り返すだけでも体力的にキツイ。
おまけに容赦なくダメ出しが入るのだ。
「お前さぁ、全然なってないよ。
なんで腕だけ動かしてるんだよ?」
「え? 槍って腕で操作するんでしょ?
他にどこをうごかすのさ?」
「腰が入ってないんだよ、腰がぁ!」
カインはフェルにお尻を向け、自分の腰のあたりをぱんぱんと叩く。
「何をするにも基本は腰だ。
腰が入って無いと力も入らないんだよ」
「そっ……そうなんだ」
「突きの次は払い、そして叩きだ」
「槍なのに払ったり叩いたりするの?」
純粋な疑問をぶつけると、カインはやれやれと肩をすくめる。
「分かってないなぁ、フェルは。
槍は突き刺すだけじゃないんだよ。
リーチの差を生かしてぶん殴るんだ」
「へぇ……」
話を聞いていて、次第にカインが本当に槍の使い方に詳しいのか疑問に思うようになった。
もしかしたら彼は知ったかぶっているだけかもしれない。
それでもフェルは素直に言うことを聞いて訓練を続ける。
突きの動作はもちろん、振り上げて殴りつける動作や、敵を払う動作など、何度も繰り返し練習した。
槍の練習をしていくうちに、だんだん戦うイメージがわいてくる。
敵をどのように槍で打ち倒せばいいのか、おぼろげながら頭の中で想像できるようになったのだ。
「じゃぁ、そろそろ俺と戦うか」
「え? あっ、うん……」
カインの誘いに快く返事ができないフェル。
やはり戦うのは好きではない。
訓練を行ってはいるものの、痛い思いをするのは嫌だ。
そして……大好きな人を傷つけるのも嫌だ。
「とりあえず槍は置いて、こっちへ来い」
「え? 槍は使わないの?」
「とりあえず取っ組みあいからだなぁ。
身体を動かすことに慣れよう」
身体を動かすと言っても、飛んだり跳ねたりは得意だ。
別に苦手なわけじゃない。
苦手なのは誰かを傷つけること。
フェルは生まれてこの方、喧嘩のようなことをしたことがない。
思えば白兎族の者たちが争っている所を見たことがない。
喧嘩すらまともにできないのに、どうやって人間に対抗するつもりなのか。
自警団の人たちはナイフや弓を装備していたけれど、彼らはちゃんと扱えるのだろうか?
いろんな疑問を抱えながら、カインとの取っ組み合いに臨むフェル。
気づいた時には身体を押し倒され、マウントポジションを取られていた。
「ううっ……参ったよぉ」
「ねを上げるのは早いぞ。
本番はこれからだって言うのに」
フェルはカインの身体の重さを感じていた。
彼と見つめ合っていると、気分がぼーっとする。
ぽやぽやして何も考えられない。
「さて……訓練の続きだ。
さっさと起きろよ」
「うっ……うん」
フェルは身体を起こして自分の両頬を叩く。
こんな気持ちになっていたら、訓練なんてまともにできない。
気を引き締めないと!
「おい、フェル。
どうしたんだよ、さっきから。
ボケっとしてないで始めるぞ」
「はい!」
フェルはカインとの取っ組み合いの訓練を再開する。
しかし……。
「うあっ!」「ぎゃっ!」「へぎっ!」
何回いどんでも軽く倒されてしまう。
いくらカインが慣れているとはいえ、やられすぎだ。
「ううっ……いたい」
「本当の闘いはこんなものじゃないぞ。
痛いなんてレベルの話ではすまない」
カインが急に真面目な顔をして言うので、フェルはドキリとする。
本当の戦いなんて見たことがないから、想像することも難しい。
けれど……実際に訓練をやってみて、なんとなくだが分かって来た。
本当の戦いに参ったも、待ってもない。
一度でも膝を付けば一方的にやられて終わり。
最終的には死が待っている。
「ねぇ……カインは人が死ぬところを見たことがあるの?」
フェルが問うと、カインは黙って頷く。
「死ぬってどんな感じなのかな?」
「さぁな……知らない。死んだら分かるんじゃないか?」
当たり前だが、カインは死を体験していない。
他人の死を目撃しただけなのだ。
戦いに挑むということは、死を覚悟すること。
命が失われる感覚とはいったいどんなものなのだろうか。
想像するのも怖い。