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30 人はおやつに入りません

 奴隷たちの朝は早い。


 おんどりが鳴くと同時に起床。それぞれの仕事に取り掛かる。


 既に調理を担当する奴隷は目を覚まし、他の朝食の準備をしている。家畜の世話をする奴隷も動きだした。他の仕事を担当する者たちは食事をしてから仕事に取り掛かる。


 担当する仕事によって起床時間はまちまち。トータルで働く時間が同じになるよう調整したので不公平ではない。


 奴隷の中にも階級がある。仕事の内容によって地位が決まのだ。


 一番高いのはマムニール専属のメイド。まぁ、雇い主の世話をするわけだから、自然と立場も上になるよな。

 次は家畜の世話をする奴隷。皆が一番嫌がる仕事で、なおかつ重要度が高い仕事でもある。

 次は厨房担当。大勢の食事を用意するのは重労働。マムニールの食事も作っている。


 負担が重く、重要度が高いほど、その仕事を担当する奴隷の地位も高くなるわけだ。奴隷同士であっても明確な上下関係が定まっている。なんとも言えないが、これが現実。


 そんな階級社会の中にミィを放り込むのは気が引ける。

 しかし、彼女を置いておく場所は他にない。


 ミィは清掃と洗濯を担当することになった。奴隷が着る服やシーツを洗濯して、施設を綺麗にするのが彼女の仕事。


「それじゃぁ、よろしくね。

 私も同じ仕事を受け持っているから、

 一緒に頑張ろう」

「うん……よろしく」


 シャミにそう言われて、コクリと頷くミィ。


 お試しでしていた仕事は上手くいっていたので、失敗することは無いと思う。


「それじゃぁ、頑張れよ。俺は行くから」

「ユージ、約束だよ。ちゃんと会いに来てね」

「ああ……」


 後ろ髪引かれるようだが、仕方あるまい。

 つっても引かれるような髪はないんだが。


「彼女のことは私にまかせてねぇ。

 ちゃんと面倒をみるから、安心して」


 マムニールがそう言うが、心配なものは心配だ。ミィに友達ができるだろうか?

 まぁ、俺が心配しても仕方ないだろう。彼女が自分でなんとかするしかない。


 俺はさっさと農場を後にした。


 そろそろ調査に出した連中からの報告が、ちらほらと上がって来るころだ。食料の徴収が上手くいっていないのはなぜか、ハッキリさせなければならん。


 とりあえず会議に参加しなければ。と言っても俺から報告することは何もない。

 俺がいない間に魔王が変なことを言ってなけりゃ良いけどな。


 嫌な予感がする……。






 案の定だった。


 魔王は俺がいない間にとんでもない提案をしていた。

 その名も根こそぎ絶滅大作戦。

 戦術とはとても呼べない上に倫理的に糞ヤベー作戦だったのだ。


 魔王は捕らえた人間を食料にすると提案。人間を喰らい続けて進軍すればどこまでも攻め込める! 全ての人間を一人残らず食べつくし、絶滅させてしまおうではないか!


 やべぇ……魔王やべぇ。

 ここまでヤベーとは思っていなかった。


 確かに、人間を食えば腹は満たせるし、敵に対して大きな恐怖を植え付けることができる。だが、同時に安心感も与えなければ意味がない。


 どういうことなのか。


 戦略として敵を恐怖で煽るのは、相手に降伏を促すためだ。

 逆らえば皆殺しにするが、降参して従えば悪いようにはしない。そういう印象を相手に与えることで、有利に戦いを進めることができる。


 魔王の提案は恐怖を与えるという点では正解。

 しかし、降伏を促すことはできない。


 拷問したり、処刑したりするくらいならまだ大丈夫。だけど……食べるのはダメ。それは超えてはいけない一線。


 もし彼らを捕食しようものなら交渉のテーブルにつかなくなる。人間を好んで食べるような連中と和平交渉なんてしようと思わないだろう。


 交渉ができなければ終わりがない戦いが続く。どちらか全滅するまで不毛な争いが繰り返されるのだ。


 というわけでこの案は却下! と言いたいところだが……。


「賛成!」

「賛成!」

「大賛成!」


 他の馬鹿幹部たちはこぞって賛成。獣人たちばかりのこの会議では止める者は誰一人いなかった。


「フフフ、どうだユージよ。

 俺が考えた最高のプランは」


 どや顔で勝ち誇るレオンハルト。この人をここまで馬鹿だと思ったことはない。

 いや、あったかな?


「魔王様……恐れながら申し上げます!」


 俺は意見した。全力でディスアグリーした。


 そもそも戦争とは何か。どうして人は争うのか。これは狩りではなく戦争である。戦争は狩りではない。人はおやつに入りません。


 もちろん皆は直ぐに納得しなかった。とにかく説得が必要だった。


 頑張った。アホみたいに頑張った。頑張ったよ、俺ぇ。

 燃え尽きて骨になったよ。


 俺は魔王を思いとどまらせることに成功。人間もぐもぐ進撃作戦(ちがう)を廃案に追い込んだ。


「ちぇっ、いい案だと思ったのになぁ」


 頭の後ろで腕を組んで、つまらなそうにして言う魔王。


 彼が立案した作戦を廃案に追い込んでも、大して機嫌を悪くしていない。思い付きで言っただけなのだろう。


「はぁ……」


 会議を終えた俺はため息をつく。マジで疲れた。時間の無駄だよ、時間の。


 あっ、そうだ。


「あの、魔王様」

「なんだ?」


 俺は会議室を去ろうとする魔王に話しかけた。


「提案がございまして」

「提案?」

「実は……」


 俺は翼人族による偵察部隊の組織を提案。彼女たちから協力が得られれば、大幅なコストダウンが可能。是非、ご検討下さい……と。


「あー、はいはい。分かった、分かった。

 その案、良さげだから検討しとくわ」


 などと言う適当な返事。これは直ぐに忘れるパターンだな。

 言質げんちだけ取っておいて俺がこっそり進めておこう。


「偵察隊の組織に同意して頂けたと言うことで、

 よろしいですね?」

「もちもち、もちのろんだよ」

「では次回の会議でご提案を……」

「え? 俺が?」

「その方がスムーズですので」

「ううん……そっかぁ」


 忘れるな、これは。マジで。


「ユージさまぁ!」

「うん? フェル?」


 昨日、アジトの接収を命じたフェルが大慌てでこちらへ駆け寄って来る。

 何かあったのかなぁ? 嫌な予感しかしないなぁ。


「どうしたフェル?」

「勇者のアジトから、

 とんでもないものが見つかったんです!」

「とんでもないもの?」

「はい! 人間のあかちゃんです!」


 ええっ……。

誤字報告ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「第1章30話 人はおやつに入りません」まで拝読しました!  主人公の社畜的苦労に、読んでいて涙が止まりません~。これでは身も痩せ細り、骨にならざるを得ない(あ、スケルトンでしたね)。ミィ…
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