299 フェルの恋は実らない7
里の中心。
市場や遊技場がある場所。
地下深く掘られた大きな縦穴。
いくつかの階層に分かれていて、中央の螺旋階段で各階を行き来できる。
各階には白兎族の若者たちが商品を持ち寄って店を開いている。
と言ってもほとんどが布の上に商品を並べただけの簡素な店だ。あとは組み立て式の屋台を少し見かけるくらいか。
酒を提供している屋台もあり、若者たちが酒を飲んで騒いでいた。
酔った勢いで身体を触り合う者もいる。人の目など全く気にしていない。
フェルは若者たちが公衆の面前で口づけを交わしているのを見て、思わず顔を背けてしまった。
人前でなんてはしたない!
こんな調子ではツガイなんて見つけられない。
実はさっきから何人かから声をかけられた。
一緒に遊ばないかとか、ツガイを探しているのかとか、なんなら家まで一緒に来ないかとか。
フェルはその誘いを全て断った。
彼が望んでいるのは健全なお付き合いで合って、ワンナイト目的の輩はそもそも相手にするつもりがなかった。
しかし……声をかけてくるのは遊び目的の者ばかり。
こんな場所で真剣な交際を申し込んでくる人なんか見つかるはずがないのだ。
「はぁ……やっぱり無理かな」
賑やかな縦穴を螺旋階段の最上部から見下ろしながら、一人ため息をつくフェル。
真面目な交際を望むのであれば、人づてに誰か紹介してもらうべきか。
遊び目的で無いと最初に言っておけば、真面目な人を紹介してくれるだろう。
……多分。
ツガイを探しにわざわざ里の中央まで来たものの、空振りに終わってしまった。
自分にふさわしい相手なんて簡単には見つからない。
分かってはいたけれど……。
「君、今一人かい?」
誰かが声をかけて来た。
振り返ると真面目そうな顔月の白兎族が……ひとり、ふたり、さんにん。
彼らは明らかに他の白兎族とは違った格好をしている。
動物の革を編み込んで作ったレザーアーマー。
ナイフや弓などの武装。
「もしかして自警団の方ですか?」
「ああ、いまちょっと団員が不足していてね。
新しく入団してくれる人がいないか探していたんだ。
良かったら君もどうだい?」
「ええっ……」
自警団に勧誘されたフェルは、思ってもみなかった状況に戸惑う。
自分が戦うなんて考えたこともない。
フェルは他の白兎族と同様に、争いを好まない性格をしている。
そのため、喧嘩なんて今まで一度もしたことがない。魔物を相手に戦うとか、フィクションの世界の出来事のように思えてしまう。
自警団は魔物や悪い人間が里に近づかないよう、普段から戦う訓練をしている。
実際に戦闘になることはめったにないので、戦いごっこをしていると揶揄するものもいる。
だけどフェルは、有事に備えて訓練を続ける彼らを尊敬していた。
自分で戦おうとせずに文句ばかり言っている奴らよりも、ずっと立派だと思う。
「ちょっと……考えてみます」
「おおっ! 見込みアリだな!
やったぞみんな!
話を聞いてくれそうな人が見つかったぞ!」
「「「やったー!」」」
両手を上げて万歳する自警団の人たち。
この喜びようは一体なんなのだろうか?
「えっと……ちょっと過剰に喜んでいませんか?
僕入団するなんてまだ一言も……」
「いやいや、話を聞いてくれるだけで十分だよ。
他の奴らは俺たちを見ただけで姿を隠すんだ。
ほら、見てみろよ」
そう言って団長と思しき白兎族はあたりを見渡す。
螺旋階段の最上部では、何人もの白兎族が店を開いている。
しかし……自警団の人たちが視線を向けると、目を反らして知らん顔をしたり、そそくさとどこかへ立ち去ったりと、関わりたくないオーラを全開にだしていた。
よほど勧誘されるのが嫌なのだろう。
自警団と関わり合うことすら拒否している。
「ううん……」
彼らのあんまりな態度に自警団の人たちを不憫に思ってしまうフェル。
話くらいは聞いてあげた方がよさそうだ。
「分かりました、お話を伺わせていただきます」
「おお! ありがたい!
ではさっそく――」
自警団の団長はメンバーを引き連れ、事務所へと案内する。
そこは里の実質的な支配者である長老たちが住む深い場所。
……の、端っこにある物置のような部屋。
……の更に奥の方にあるゴミ溜めのような場所。
「さぁ、座ってくれ。
ここが我々の基地だ!」
「ははは……」
そう言って胸を張る団長。
フェルは苦笑いをする。
基地とはとても呼べない。
乱雑に物が置いてある物置の更に奥の、なんかよく分からな物品がうずたかく積まれた一角の、更に奥にある小さなスペース。
小さな棚にはナイフやら、兜やら、鎧やらが並べられていて、あとは椅子が数脚あるばかり。
里を守るために頑張っている人たちが、こんなにも酷い扱われ方をしているのか。
フェルは憤りを隠せない。
「それでは早速、我々の活動について――」
「入ります」
「……え?」
「入団します、自警団に。
お役に立てるか分かりませんけど」
「ほっ⁉ 本当に⁉ ばんざーい!」
「「「やったー!」」」
大げさに喜ぶ団長と団員達。
この様子では勧誘なんて滅多に成功しないのだろう。
このまま自警団を放っておいたら、そのうち自然消滅してしまうかもしれない。
彼らに協力して少しでも力になりたいと思った。
だが……本音を言うと。
ツガイを作らない言い訳に利用したかっただけだ。
これで少しは周囲からのプレッシャーも薄れるだろう。
カインのことも忘れられるかもしれない。




