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295 フェルの恋は実らない3

 とにもかくにも。

 新居を作らねば新しい生活は始まらない。


 フェルは二人が住む場所から少し離れたところに巣をつくることにした。


 白兎族の土木技術は卓越しており、穴を掘る能力で言えば全種族で一番かもしれない。

 屈強なドワーフ族や、ガタイの良いオーク族と比べても、その能力は突出している。


 彼らが穴を掘る際に利用するのは、筋力ではなく特殊な力。

 どういうわけか白兎族が土に触れると途端に柔らかくなり、どんな土地でも容易に穴を掘ることができるのだ。


 といっても、この力にも限界があり、岩石をどけることはできないし、砕くこともできない。

 あくまで土を掘る時にだけ働く限定的な力なのだ。


 そのため鉱山で穴を掘ったり、岩や木をどけて家を建てたりと、大規模な工事にはあまり有用でない。

 おまけに土地との相性も重要で、力が通用しない土も存在するので、どこでも好きに巣を作れるわけではないのだ。


 フェルは丘を歩き回り、土の声を聴く。

 白兎族の耳は魔力を察知することもできるが、他にも土地の性質や“気分”を聞き分ける能力も備わっている。

 この力は災害を避けることにも有用で、水没しそうな場所や、地震によって崩れそうな地形などを見分けることもできる。


 フェルは耳を立てて息を殺し、土地の気配を探っていく。


 ここ一帯は安全で、土も掘りやすく、巣を作るにあたって大きな障害となる要因もない。

 新居を構えるにはもってこいの場所だ。


 里の中央からはだいぶ離れているが、移動する距離が増えるだけで特に問題になるわけでもない。

 どうせ家から出ることはあまりないのだ。


 里の中央には市場や遊戯施設があるが、フェルは騒がしい場所が苦手なのであまり行かない。

 必要なものを買う時だけ立ち寄ればいい。


 問題なのは……セツとカインが近くに住んでいることくらいか。


 二人の傍に住もうと考えたのはフェル自身だが、後からよく考えると、セツと仲良くしているカインを目にするのは辛い。

 できればもっと距離を置いた方がいいかとも思ったのだが……見つけた土地の質があまりによかった。


 ここまで巣作りに適した土地はそうそう見つからない。


 セツは新居を構える時にカインが場所を決めたと言っていた。

 ここを選んだ彼はやはりセンスがいい。


 色々と不安なこともあるが、質のよい土地は他に見つからないと考え、フェルは新居ここに構えることにした。


 彼は精霊に祈りを捧げ、両手を大地に差し込む。

 すると土の重さを全く感じなくなり、彼のか細い腕が地面を貫いて行く。


 小一時間ほど作業を続けると、丘に大穴が穿たれていた。

 白兎族の新居作りは実に手早く行われ、一件分の穴を掘るのに一日かからないで作業を済ます者もいるくらいだ。


 フェルも一日と半日ほどで新居となる穴を掘り終えた。

 あとは扉と窓をはめるだけでいい。

 明日にでも市場へ行って、職人にお願いしよう。


 徹夜して作業を続けたフェルは流石に疲労感で一杯になり、まだ何もない穴の中で眠ることにした。

 土にまみれた彼の身体はとても汗臭く、力を使ったことで魔力残渣がこびりついていた。


 そして……成人した彼の身体は、仲間を誘惑する匂いを放っていた。


「…………誰?」


 深夜。

 虫たちが囁く真っ暗な時間。


 まだ扉も窓も設置していない新居とは名ばかりの穴倉を、何者かが尋ねてきた。


「フェル、起きてるか?」

「その声は……カインさん?」


 目を覚ましたフェルは身体を起こす。


 月明りを背に穴倉を覗き込むのは、カインその人であった。

 どうしてここへ来たのかとフェルが疑問に思っていると、彼は断りもなく新居へ足を踏み入れてきた。


 作ったばかりの自分の家に、他人が土足で足を踏み入れるのは気分のよいものではない。

 本当ならすぐにでも追い出してしまいたい。


 けれども……カインは別。

 彼だけは特別だった。


 あまりに無礼な彼の態度を目の当たりにしたフェルは、憤るでもなく、むしろ快く感じていた。

 最初に訪れた客人がカインでよかった。


 他の誰でもダメ。

 彼でなければならない。


 そんな風にさえ思う。


「よく掘れてるじゃないか。

 さすがだよ、フェル」

「えへへ……ありがとう」

「なぁ、フェル。

 お前はツガイを誰にするか決めたのか?」

「え? いや……その……まだだけど」


 急にツガイの話をふられたので、フェルは戸惑ってしまう。


 だって……まだカインのことが好きなのだから。

 他の誰をツガイにするなど、考えたこともない。


 穴倉へ差し込む月明りがフェルの赤く染まった顔を照らす。

 カインの表情は明かりを背にしているので黒く染まったまま。


 彼は一体どんな顔をしているのだろう。

 どうしてこんな時間に尋ねてきたのだろう。


 もしかして……兄を置いて……僕の元へ……。


「なんだぁ、まだ決めてないのかぁ。

 せっかくこんな立派な家を作ったのにぃ」


 カインの背後からセツの声が聞こえる。


 窓をはめるために作った小さな穴から、兄が顔を出すのが見えた。


 なんだ……カインは一人で来たわけじゃないのか。

 兄と一緒に遊びに来ただけだ。


「お前も早く結婚相手見つけろよ~。

 新婚生活は楽しいぞ!」

「うるさいなぁ。

 兄さんたちは自分の家に帰りなよ。

 ここは僕の家なんだぞ」

「おうおう、一家の主らしく。

 言うようになったねぇ」


 からかうような兄の口調にいら立ちを覚えるフェル。

 とっとと帰って欲しい。


「まぁ、何かあったら相談してくれよな。

 俺たちは家族なんだからさ」


 カインはそっとフェルの肩に手をのせる。


 その手を払いのけてしまいたい衝動に駆られる。

 放っておいてくれと叫びたくなる。


 どうして僕にかまうのか。


 二人で仲良くしていればいいのに。

 期待なんてさせないで欲しい。

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