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289 ベルは今日も忙しい21

「それでは自分はこれで」


 アナロワは農場の前まで送ってくれた。

 おかげで安心して帰ることができた。


 本当に感謝しかない。


「すみませんでした、ありがとうございます」

「いえいえ、これも仕事ですから。

 そちらもお疲れ様です」


 今日はほとんど遊んでいただけだ。


 ムゥリエンナと市場へ行って、イミテが作ってくれたお菓子を食べて、めったにできない夜の散歩を楽しむ。

 こんなに充実した一日は初めてかもしれない。


「どうかお帰りの際は気を付けて」

「ありがとうございます。

 では……」


 アナロワは狼に命じて颯爽と翻り、元来た道を走っていく。

 風のような速さで畑の間の道を走り抜け、闇夜に呑まれるように姿が見えなくなってしまった。


 さて、自分の役目を果たさないと。


 ベルは直接、マムニールの元へ向かう。

 まだ彼女は起きているだろうか?


 普段であればすでに眠っている時間。

 お使いの品を届けるのは明日でもいいかもしれない。

 でも……もしかしたらと確認しておこうと考えた。


 マムニールが寝泊まりする館。

 かつてここにはライネット一家が暮らしていた。


 何者かの襲撃によりライネット氏とその息子が亡くなってからは、マムニールが一人で使っている。


「失礼します……」


 館の中はひっそりと静まり返っている。

 誰もいないのか、物音ひとつしない。


 どうやらマムニールはすでにお休みのようだ。


 いちおう一回りしておこうと思い、館の中へ入る。

 すると――


「「「お帰りなさーーーーい!」」」

「……えっ⁉」


 急に明かりがついたかと思うと、ミィやシャミをはじめとする奴隷の仲間たちとマムニールが姿を現した。

 どうやら全員でベルが帰って来るのを待っていたらしい。


「えっ⁉ どうして⁉ なんで⁉」


 状況を飲み込めずに戸惑うベル。

 いったいなんの催しだろう?


 マムニールが前へ出て、彼女の所まで歩み寄ってきた。


「ベル、お出かけは楽しかった?

 その様子だと、十分に楽しんで来たみたいだけど」

「え? あのっ……その……」


 もしかしたら市場やイミテの店で遊んでいたのがばれたのかもしれない。

 怒られると思ったが……どうも違うようだ。


「あなた、いつも頑張って働いているから。

 ちょっとくらいお休みがあってもいいかなって思ってね。

 お使いは口実だったの」

「あの……もしかしてイミテさんも……」

「うふふ、おもてなししてあげてってお願いしたの。

 クッキー美味しかったでしょ」


 そう言ってベルの口もとをツンツンと指先でつつくマムニール。

 もしかして食べかすがまだ残っていた⁉


 急に恥ずかしくなってハンカチで口元をぬぐう。

 そんな彼女を見てミィとシャミがクスクス笑う。


「よっぽどイミテさんのクッキーが気に入ったんだねぇ。

 食べかすをくっつけたまま戻ってくるなんてさぁ。

 ちょっとうかつ過ぎない?」


 シャミに言われて、途端に恥ずかしくなる。

 顔が真っ赤に染まっていく。


「アナタが急に仕事を張り切り出したのって……」

「そそ。

 私が頑張ってベルを楽させてあげるため。

 っていうのも建前でさ。

 ほんとのこと言うと、もうちょっと頑張りたくて。

 私からマムニール様にお願いしたの。

 ベルがやってる仕事を私もできるようになりたいから、

 一度チャンスをくださいってね」


 シャミはウィンクをする。


「これで少しは負担が減るよね?

 疲れたらまた街にでも行って楽しんできなよ。

 たまに羽根を伸ばすのも悪くないでしょ?」


 シャミはベルの負担を軽減するために頑張っていた。

 けっしてポジションを奪おうとか、そんなことは考えていない。


 疑ってしまった自分が情けないと、ベルは反省する。

 裏で糸を引いている黒幕なんて存在するはずがなかったのだ。


「私を気遣ってくれたのね……ありがとう」

「気遣うっていうか……ううん。

 イミテさんの店には順番で行くことになったんだよ。

 一番最初に選ばれたのがベルってだけで」

「そっか」


 だとしても嬉しかった。


 傍で見守り、支えようとしてくれたことに。

 ベルは心の底から感謝する。


「あとね……ミィちゃんがね」

「え? ミィが?」

「ほらぁ、ミィちゃん! こっちへ来なよ!」


 すみっこの方でモジモジしているミィをシャミが手招きして呼ぶ。


「ううん……でもぉ」

「でもじゃないでしょ!

 せっかくの努力を無駄にするの?!」

「だってぇ」

「いい加減にしなよ! ほら!

 一緒にきて! こっち!」


 シャミはミィの手を引っ張って、ベルの所まで連れてくる。


「ミィ? なにかあるの?」

「えっと……えっとね……」


 両手を後ろに回してモジモジするミィ。

 隣でシャミがじれったさそうに彼女を見守っている。


 まるで幼い子供が何かを伝えようとしているかのように、モジモジしてばかりで言い出せない。

 けれどもそんなミィが愛おしくて、かわいくて、見ているだけで胸がいっぱいになる。


 ずっとこのまま見守っていたいくらいだ。


 ミィはしばらくモジモジし続けていたが、やがて意を決したかのようにベルをまっすぐに見据える。

 そして――

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