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286 ベルは今日も忙しい18

「落ち着いた?」

「……はい」


 しばらく泣き続けたベルは、ようやく落ち着きを取り戻した。


 二人は彼女が泣き止むまでずっと身体を抱きしめたり、頭を撫でたり、しっぽをさすったりして、寄り添ってくれたのだ。

 心の底から身体が温まったのを感じる。


「すみません……迷惑をかけて」

「全然そんなことないよー。

 むしろどーんとこい、って感じ?」

「私も平気です! どんどん甘えて下さい!

 女の子を抱きしめるの得意なんで!」


 ムゥリエンナが何か誤解されそうなことを言っているが、深い意味合いはないのだろう。

 きっと。


「あのね、ベルちゃん。

 もし辛かったり、苦しかったりしたら。

 必ずここへ来て話を聞かせてね。

 私はいつも変わらずにここにいるから」

「はいはい! 私もいまーす!

 いつでも呼んでくださいね!

 どこへでも駆けつけてギュー――っとしますから!

 抱き枕代わりにしてください!」


 優しく声をかけるイミテと、意味の分からないことを言うムゥリエンナ。

 二人の存在がたまらなく愛おしい。


 ベルの心はすっかり満たされていた。


 用事を頼まれてお使いに来ただけなのに、ベルの人生にとって大きなターニングポイントになってしまった。

 二人と出会わなかったら、自分がずっと自由を望んでいたことも、お喋りができる友達が欲しいと思っていたことにも、気づかなかったと思う。


 彼女たちとの出会いは自分の人生の中で宝物になると確信するベル。

 なにが起こるのか分からないものである。


「そろそろ帰らないと……」


 すっかり長居してしまった。

 マムニールもさすがに心配していると思う。


 外は完全に真っ暗。

 窓から外を覗いても、人通りはほとんどない。


 一人で帰るには少し不安。


「もう真っ暗になっちゃったから泊まって行けば?

 こんな遅い時間に一人では帰せないからねぇ。

 それか誰かに送ってもらうとか」

「ううん……」


 ことわりもなく外泊するのは流石に気が引ける。

 マムニールはもちろん、シャミとミィも心配するだろう。


 大切な人が帰ってこない寂しさは、ユージがいなくなった時のミィを見ていればよく分かる。


「おっ、あれはもしかして……」


 窓の外に何かを見つけたイミテは、扉を開いて店から出て行った。

 いったいどうしたのだろうとムゥリエンナと顔を見合わせるベル。


 しばらくして、イミテが店の中へ戻って来た。


「ちょうどいいところにゴブリンの警邏けいら隊の人がいたよー!

 家まで安全に送り届けてくれるって!」


 タイミングよくゴブリンの部隊が店の前を通りかかったらしい。

 確か彼らはユージ直属の配下だったはずだ。


「ありがとうございます!

 なにからなにまで、すみません」

「いいよ、気にしないで。

 たまたまいたから声をかけただけだし。

 それに私たち友達でしょ?」

「……はい」


 友達という言葉が何よりもうれしく感じる。

 心がポカポカしてふんわりした気持ちになれる。


「よかったー!

 あっ、でも私は泊っていきますね!

 もっとお喋りしたくて~!」

「え? あっ……うん」


 真顔になるイミテ。

 てっきりムゥリエンナも帰ると思ったのだろう。


 遠慮を知らないというか、なんというか。

 彼女のそんなところもベルは大好きだ。


「じゃぁ、私はこれで」

「ベルちゃんは帰っちゃうんだね……」

「え? はい、すみません。

 でももし機会があれば……」

「シャミちゃんとお泊りにおいで。

 よかったらミィちゃんも誘ってね」

「はい!」


 お泊りのお誘いがあまりに嬉しくて、思わずイミテの身体に抱き着いてしまった。


 彼女の豊満なバストに顔を埋めて顔をすりすりさせる。

 しっぽが左右に振れているのが自分でも分かった。


「うふふ、くすぐったいよぉ」

「イミテさん、とってもいい匂いです。

 大好きです」

「んもぅ、めっちゃ甘えんぼさんだね。

 最初はクールな子だなって思ったけど、

 こっちが本当のベルちゃんなのかもね」

「はい、そうかもしれません」


 一度、垣根が取り払われると、ベルの行動は大胆になった。


 ぎゅーーーと抱き着いて、匂いを嗅ぎたい。

 大好きだと気持ちを伝えたい。


 とめどなく愛に満ちた感情があふれてくる。


 好き、好き、大好き。

 私はこの人が好き。


 好きの気持ちでいっぱいになって、しっぽが左右にふれまくる。


「はいはい! わたしもー!

 私もハグして欲しいでーす!」

「ぎゅーーーーー! 大好き!」

「わーい! えへへへ」


 ムゥリエンナも抱きしめる。


 ベルはすっかり彼女のことも大好きになってしまった。

 もっと一緒にお喋りしたい。

 甘えて抱きしめて、仲良くしたい。


 そんな気持ちでいっぱいだ。


 本当なら二人と一晩中こうしていたい。

 名残惜しいが今日はここまでにしておこう。


 なんとか理性で踏みとどまるベル。

 彼女は扉を開いて、別れの挨拶をする。


「今日はお世話になりました。

 また……お邪魔しますね。

 近いうちに必ず」

「うちはいつでも大歓迎だよ~」

「私もバッチ来いです!」

「それでは、おやすみなさい」

「「おやすみ~」」


 別れの挨拶を交わして、軽く頭を下げる。


 外へ出て扉を閉めると途端に空気が変わるのを感じた。

 やはり人のいる空間は暖かいものだ。

 人から離れると空気が少し寒くなる。


 でも……心は温かいまま。

 孤独感が薄れ、一人ではないと実感する。


 ああ、友達っていいなぁ。

 一人じゃないって思えるだけで、こんなにも満たされるなんて。

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