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282 ベルは今日も忙しい14

「お待たせ――って、おお⁉

 二人とも何してるの?!」


 小さな箱を持ってきたイミテは二人の行動を目の当たりにして驚愕する。

 なんと勝手に床を雑巾がけしていたのだ。


「え? あの……え?」

「すみません、勝手な事かと思いますが。

 どうかご容赦ください」

「ベルちゃん? なんで?」

「どうしても……どうしても床の汚れが気になりまして」


 普段からマムニールの生活環境を清潔に保つように気を付けているので、床が汚れているのを見るとどうしても掃除したい衝動に駆られてしまう。

 ちょっとこするだけで落ちそうな汚れならまだ見過ごせるが、ここまで汚いと……ううむ。

 しかもほこりまでたまっている。


 シャミは気にならなかったのだろうか?

 彼女がついていながら、このありさまはなんだ!


「ええっと……ムゥリエンナちゃんまで?

 どうして?」


 ベルと一緒になって雑巾がけをしているムゥリエンナにイミテが尋ねる。


「だってぇ! ベルさんが掃除始めちゃったんで。

 私だけ見てるのもアレかなぁって思って。

 ほら、私たちって友達じゃないですか。

 友達のやりたいことは私のやりたいことみたいな?」


「ええっ……ほんとにぃ?」


「はい! 本当ですよ!

 だってベルさんは初めてできた友達ですから。

 私だって頑張っちゃいますよ!

 あっ、この後、棚の整理もするみたいなんで。

 かごを用意してもらえますか?

 天井の蜘蛛の巣も取りたいんではたきもお願いしますね!」


「あの、ムゥリエンナちゃんもさぁ。

 なんかすっごくユニークな性格してるよね。

 私が言うのもなんだけど」


「それって個性的って意味ですか⁉

 わーい! 嬉しい!

 私ってなかなか褒められないんですよねぇ。

 ユージさんもあんまり褒めてくれないっていうか。

 あっ、でも全く褒めてくれないわけじゃなくて。

 私の知識量とかについては褒めてくれるんですよね。

 あと、本にかける熱意とかも!」


「……うん」


「それにしてもイミテさんのお店って素敵ですよね。

 私、ここに住んじゃいたいなぁって思いましたもの」


「…………」


 きっと、イミテは心の中で勘弁してくれとぼやいているだろう。

 ベルは床を拭きながらそんな風に思った。


 それから店の大掃除が始まった。


 床を徹底的にきれいに拭きあげたら、ぐちゃぐちゃになっている陳列棚を整理し、天井のほこりと蜘蛛の巣も払いのけ、ついでに店の周りのゴミ拾いもした。

 掃除が終わる頃にはすっかり夜が更けており、空には星が浮かんでいる。


「ふぅ…………よし!」


 見違えた店内を見渡して、ベルは実に満たされた気分になった。


 棚の上には美しく並んだ商品。

 小物も、ぬいぐるみも、アクセサリも。

 それぞれ種類ごとに分けられ、手に取りやすいように並べられている。


 イミテに値札も用意させた。

 今までその日の気分で品物の値段を決めていたらしい。曖昧なノリで値段を決めていたら、来店した客の購買意欲が失せてしまう。ちょうどいい機会なので適正価格で値段を表示することにしてもらう。


 大量に置いてあった在庫も整理して、売れ筋商品を見えやすい場所に。

 高価なものは奥の方にまとめてショーケースの中へ。

 余った在庫は店の奥へ。


 店内はスッキリと整理され、ぐちゃぐちゃだったカオス感はどこへやら。思わず商品を手に取ってしまいたくなるような、ワクワクドキドキがいっぱいの魅力的なお店に大変身。

 床も天井もピカピカ。

 いろんな物が置きっぱなしだったカウンターもキレイに整理されている。


 来店した時とは大違いだ。


「なんということでしょう。

 まるで別のお店へ来たみたいですぅ!」


 両手を胸の前で握って、目を輝かせるムゥリエンナ。

 彼女もほこりまみれになるくらい掃除を頑張ってくれた。


 これならイミテも喜んでくれるはず――


「うそでしょぉ……どよーん」


 イミテはダウナーな感じで、めっちゃ落ち込んでいた。


「あの……イミテさん?

 どうしたんですか?

 お店綺麗になりましたよ?」

「うん……そうだね」


 ムゥリエンナが話しかけても、イミテはどんよりとしたまま。

 いったい何が不満なのだろうか?


「あの……イミテさん。

 なにかご不満でしょうか?

 もし足りないところがあれば言ってください。

 すぐにきれいにしますから」


 ベルがそう言うと、イミテは口をへの字に曲げて、眉をしかめながら彼女の方を見やる。


「こんなに綺麗になっちゃったら……。

 こんなに商品が見やすくなっちゃったら……。

 お客さんがいっぱい来ちゃうでしょ!」

「……え? ダメなんですか?」

「ダメに決まってるよ~~~!

 だって忙しいのなんて死んでもいやだもん!

 もーーーーーー!

 頑張りたくない! 頑張りたくない!

 絶対に頑張りたくない!」


 大声で喚くイミテ。


 驚いた。

 シャミが師として敬う彼女が、こんな性格だったとは。


 ポーズでダラダラしている店員を装っているのだとばかり。

 間抜けを装って油断させつつ、相手をよく観察をして出し抜こうとするような、サキュバス独特の営業スタイルだと思っていたのだが……まったくもって違った。


 イミテはただ、のんびり仕事をしたかっただけなのだ。


「繁盛してほしくない!

 絶対に繁盛してほしくない!

 私は気ままにのんびり世の中を舐めくさりながら働きたいの!

 一日8時間の重労働なんて私には無理だ―!」


 イミテは叫ぶ。


 怠惰な己の本性を隠そうともせず。

 とにかく叫ぶ。


 これもまた個性の一つなのだろう。

 ユージの部下はユニークな人ばかりだ。


 などと、自分のことを棚に上げ、そんなことを思うベルであった。

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