281 ベルは今日も忙しい13
以前にシャミからイミテの店について聞いたことがある。
まるでおとぎ話のような可愛らしいアイテムであふれ、イミテが創り出すものはこの世のものとは思えないほど美しい。
シャミはまるで夢の世界について語るかのようだった。
よほど素敵なお店なんだなぁと思っていた。
実際に目にしたわけではないし、シャミの話から想像するしかない。
「おじゃましま~す!」
ムゥリエンナが扉を開けて入店すると、鈴がからんころんと音を鳴らした。
店内にはなにか甘い香りが漂っていて、鼻を嗅ぐとふわっとしたいい匂いがする。
確かに雰囲気作りは頑張っているようだ。
しかし……棚に目を向けると、想像していたのとは違った光景が広がっていた。
商品の陳列の仕方があまりに適当すぎるのだ。
確かにシャミの言う通り。
イミテの創り出す商品は魅力的だ。
可愛らしいぬいぐるみに、オシャレな小物。
思わず欲しくなってしまうくらいに完成度が高い。
間違いなく彼女の腕は一級なのだろう。
そんな素晴らしいアイテムが乱雑に並べられている。
見やすさとか、手に取りやすさとか、全く意識されておらず、とりあえず置いておけばいいいという感じ。
おまけに商品の種別ごとに分けられておらず、どの小物もぬいぐるみもアクセサリも、一緒くたになっている。
これでは買い物客が戸惑うだろう。
どこに何が置いてあるのか分からないのだから。
「ああ、いらっしゃーい。
確かユージさんのとこの人たちだよね」
店の奥から眠気眼をこすりながら、やけに露出度の高い服を着た、グラマラスな褐色肌の女性が姿を現した。
彼女がイミテだろう。
たしか種族はサキュバスだと聞いている。
あまり目にしない種族なので、一発でイミテだと分かった。
「はい! ちょっと用事がありまして!」
「え? 用事?」
「ほら、ベルさんが」
ムゥリエンナはベルを指さしながら言う。
イミテはベルの方へ視線を向けて、じーっと眺めてから、何かに気づいたかのように掌に拳をポンと置いて言う。
「ベルちゃん! マムニールさんのとこの!
シャミから話は聞いてるよ~。
とっても仕事ができるメイドさんだって」
「ええっと……」
シャミは私のことをどう話していたんだろう。
ちょっとだけ怖くなるベル。
変なことを言っていないだろうか?
ベルはなんとなく落ち着かない気分になって、指と指を合わせこすり合わせて緊張をほぐす。
こうすると少しだけ気分が楽になるのだ。
「まぁ……仕事ができないわけではないですね」
「ミィちゃんの面倒もよく見てあげてるんでしょ。
ユージさんの評価も高いよね~」
「…………」
ユージも私のことを話している。
ベルはほとんどイミテのことを知らない。
シャミから少し話を聞いたくらいで、性格とか、人柄とかまで想像できなかった。
まぁ……この店の様子を見れば、おおよその見当はつくが。
きっとあまり熱心に仕事を頑張らないタイプなのだろう。
肌が合わなそうだなと、ベルは感じている。
イミテの方はベルをよく知っているかのように話している。
彼女もシャミやユージから話を聞いただけだと思う。
でも……まるでもともと知っているかのようにふるまっている。
なのでちょっと怖い。
どんなふうに接したらいいのか分からないのだ。
「あれ? もしかして私、嫌われてる?」
いきなりイミテがそんなことを言うものだから、慌てて手を振って否定した。
「え? そんなことはないですよ。
だって初めて会ったばかりじゃないですか」
「うん、そうだよね。
でもなんか警戒されてる感じがしてさ~。
さっきから指であちこちさすってるでしょ。
緊張してるっぽいな~って」
ベルは慌てて両手の指を放した。
さっきから指同士だけでなく、片方の腕の手首や手の甲をさすり続けていたのだ。
「そういうわけじゃないです……」
「そっか~。よかった。
なんか失礼な事でも言ったかなって」
「大丈夫です。
こちらこそ急にお邪魔してご迷惑でないかと……」
「平気だよ~」
そう言ってにこやかに微笑むイミテ。
この人……見た目に寄らずカンが鋭いな。
相手の表情や細かい仕草をよく観察している。
シャミは彼女のこういうところには気づかなかったのだろうか?
洞察力に優れているとか、カンが鋭いとか、そういう話は聞いていない。
「それで今日はなんの用事?」
「マムニールさまから注文した品物を取りに行くようにと」
「え? ああ……そう言えば、そうだったね。
ちょっとまっててね~」
「…………」
イミテは店の奥へ引っ込んでいく。
やけに軽いノリの接客だが、これで客は納得するのだろうか?
もし彼女がマムニールの農場で働いていたら、間違いなく注意するだろう。
そんな舐めた態度で仕事をするなと、本気で怒るかもしれない。
「うわぁ……すごいですね!
可愛いですねぇ!
素敵ですねぇ!」
ムゥリエンナは一人で棚の商品を眺めては、目を輝かせて楽しそうにしている。
本当にマイペースな人だ。
「あの……ムゥリエンナさん」
「え? なんですか?」
「その陳列の仕方だと商品が見づらくないですか?」
「ええ? 言われてみれば……確かに」
やっぱりムゥリエンナもそう思ったか。
このままでは商品の価値が半減してしまう。
なんとかして見やすく並べることはできないだろうか?
それにこの店、床が汚い。
滅多に掃除していないのだろう。
天井には蜘蛛の巣も張っているし……。
「だめ……このままじゃ、ダメ」
「あの? ベルさん?
急にどうしたんですか?
目が座ってますよ」
ベルの変化に戸惑うムゥリエンナ。
これから何か起こりそうな危険な匂いが漂う。




