28 今日は一緒に寝て欲しい
それから農場の各施設を見て回った。
洗濯場の小川では沢山の洗濯ものを奴隷たちが数人がかりで洗っている。
この世界には洗濯板が無く、川で石を叩きつけて洗うのが普通だった。俺のアイディア(と言うことにしておく)で洗濯板が新たに採用されたのだ。
洗濯板の製造はゴブリンたちにお願いしている。彼らは木材加工が得意なのだ。
次に食堂。
当然のことだが、奴隷が食べる食事は奴隷が作っている。マムニールには専用の厨房があり、専属の奴隷が彼女のために食事を用意している。
奴隷用の厨房では大鍋でぐつぐつとスープが煮込まれていた。
ここの食事は大抵スープとパンで、他の物が食べられることは滅多にない。それでも具沢山で味の濃いスープは、よその奴隷から羨望の眼差しを向けられている。
ちなみに、俺は食事の質にも口を出した。ちょっと味を濃くして肉を入れるだけで、奴隷たちの肌の艶が格段に良くなり仕事の効率も上がった。
洗濯や調理の他にも、家畜の世話、清掃、庭の管理、水汲み、薪割り、風呂たき、マムニールの世話をするメイドなど、色んな仕事に従事する奴隷が沢山。
戦闘訓練を受けているのはそのうちの一部。
自由を希望した者だけが訓練を受けている。
「どうだ? やっていけそうか?」
施設を一通り見て回ったら俺はミィに感想を聞いてみた。
「仕事は……問題ないと思う。
でも他の奴隷の子たちと仲良くできるか不安」
「そっかぁ……」
やっぱり問題はそこなのね。
「ねぇ、ユージ。
お願いがあるんだけど……。
毎日、私に会いに来てくれない?」
「分かった、必ず顔を出すようにする」
「……約束だよ?」
「もちろん」
様子を見に来るくらいなら大丈夫だろう。ここの農場は城下町からあまり離れていない。マムニールに話をつけておけば平気かな。
「俺も仕事が忙しいからな。
会いにこられるのは夜になるが、いいか?」
「うん、大丈夫」
「よし、なら俺はこれで……」
「え? 行っちゃうの?」
俺の腕をつかんで引き留めようとするミィ。そんなに寂しいだろうか?
「大丈夫だ、また明日会いにくるから」
「本当に? 本当だよね?」
「ああ、嘘なんてつかないよ」
「ねぇ……もうちょっといてくれない?
せめて夜までは……」
「ううん……まぁ、いいけど」
俺がそう言うとミィは……。
「……よかった」
心底、ホッとしたように胸を撫で下ろすのだ。
「そうだ、自己紹介しようか」
「え? みんなに⁉」
今度は心底、嫌そうな顔をするミィ。そんなに挨拶するのが嫌なのかね。
「でも、挨拶くらいしておかないと……」
「それはそうだけど……。
大勢の人の前で話すのって……なんか緊張する」
「話すって……スピーチするわけじゃないからさ。
名前を教えて、よろしくって言うだけだろ。
それでもダメ?」
「ううん……ひとりだと無理かも」
嫌そうな顔を通り越して具合が悪そうになるミィ。
大丈夫かこの子、本当に。
「分かった。自己紹介の時は一緒にいてやる。
他に何か心配事とかないか?」
「……しぃ」
「え?」
「今日は一緒に……寝て欲しい」
一緒に? うーん……どうなんですかね?
白骨死体なんかと一緒に寝たら骨がゴツゴツ当たって痛いと思うぞ。
「まぁ、一泊くらいなら構わんが」
「……よかった」
「何がよかったの?」
「知らない場所で眠れるか不安で……」
今までも宿とか俺の部屋とかで普通に寝てたじゃないですか。勇者として活動してた時も、そこらへんで野宿してたんじゃないの?
段々、不安になって来たなぁ。
ミィが一週間ここで無事に過ごせるか激しく心配です。
カン、カン、カン、カン。
どこかで木の板を叩く音が聞こえる。
「みんなー! ご飯できたよー!」
調理を担当していた奴隷が呼びかける。
そろそろ昼時。ご飯の時間だ。
「みんな一緒に食べるか?
ついでに午後から働いたらどうだ?」
「え? あっ……」
「嫌か?」
「嫌じゃない……けど」
モジモジするミィ。本格的に心配になってきた。
「ミィちゃん、行こ!」
「あっ、うん」
見かねたシャミが助け舟を出す。ミィの手を引いて食堂へ連れて行く。
「ふふふ、ユージさんったら。
あの子が心配なのねぇ」
マムニールが俺の内心を見透かしたように笑う。
「そうですね……心配です」
「あの子、もしかして……」
もしかして?
「ユージさんのお子さん、とか?」
「ははは、そんな馬鹿な」
彼女からお母さん認定されたけど、俺は断じてママではない。
「色々あって面倒を見ることになったんですよ。
奴隷として買ったわけではないので、
そんな風に見えるのかもしれませんね」
「一週間たったら、どこへ連れていくつもり?」
「さぁ……まだ決めてませんが……」
嘘である。自分の部屋へ連れて帰るつもりだ。
「ずっとここで預かってもいいのよ?」
「ありがたい話ですが……」
マムニールの申し出を丁重に断る。
「あら、フラれちゃったわね。
たっぷりかわいがってあげようと思ったのに」
「ハハハ……どうやらお眼鏡に適ったようですね」
働いている奴隷が女の子多めなのはマムニールの趣味だったりする。
「ちょっと、様子を見に行かない?
皆と打ち解けられたか心配ね」
「ええ……そうですね」
マムニールと二人で様子を見に行くことに。
食堂にはケモミミ少女たちが集まっていた。お喋りを楽しみながら、和気あいあいと食事を楽しんでいる。
そんな中でミィはポツンと端の方に座り、黙々と食事をしていた。
お喋りに混じらず無表情で陰鬱とした雰囲気を醸しながら、一人ぼっちでスープをすすっている。
あの子……マジか。
彼女から少し離れた場所でシャミが困った顔をしている。どう対応すればいいのか分からないようだ。
「あれは……まずいですね」
「まずいわねぇ」
初日から心配になってきた。
ミィちゃん、本当に大丈夫なの⁉