277 ベルは今日も忙しい9
ムゥリエンナに連れられて市場へ向かう。
移動している間、彼女はずっとしゃべりっぱなしだった。
「それでね、ユージさんがね。
新しい本を買ってきてくれたんですよ。
私ずっとその本が欲しくて。
以前からおねだりしてたんですよね~」
「……そうなんですか」
「その本、とっても貴重で。
市場でもなかなか見かけなくて。
やっと見つけたんですけど、
私の給料ではとても手が出なくてですね。
本当に、本当に欲しくて、欲しくて。
どうしても我慢できなくて」
「……はい」
「ユージさまに何度もお願いしたんです。
あの本は図書室に必要だ。
絶対に置いてあった方がいいって。
でもなかなか買ってもらえなくて。
正直ちょっと諦めかけてたんですよねぇ」
「……うんうん」
相槌を打つのも面倒になってくる。
ムゥリエンナはコミュニケーションが下手なのか、一方的に話したいことだけを話し続けるタイプの人のようだ。
こちらが話を聞きたいかどうかなんて全く気にしない。
好きなことを好きなだけ話し続ける。
話を聞いていて苦痛とかそういうことはないが、こちらから話題を振る隙が無い。とにかく楽しそうに話すので、口を挟むのも悪い気がするのだ。
「それで……ベルさんはどんな本がお好みですか?」
「……え?」
いきなり話を振られて戸惑う。
今までずーーーっとムゥリエンナのターンだったので、不意にこちらに話題を振られても、何は話せばいいのか分からない。
おまけに本はあまり読まないので、どんな本が好みかと問われても答えられるはずもなく。
「ううん……ええっと……」
「もしかして恋愛小説とか好きですか?」
返答に困っていると、ムゥリエンナが続けて尋ねてくる。
「そっ、そうかもしれないですね」
「わぁ! いいですよね! 恋愛小説!
私も好きなんですよ~!
この前読んだ――」
そこからまたムゥリエンナの一人語りが始まる。
彼女は恋愛小説を好んで読んでいるが、一番好きなのは種族を超えた恋愛模様を描いた話だと言う。
例えば、獣人とサイクロプスだとか、ラミア族と翼人族だとか、違う種族同士で、特に身分の高い男性と平民の女性がくっつくタイプのお話が好きだとか。
そういうお話をシンデレラストーリーと言うのだと、ユージに聞かされたらしい。
「えっと、シンデレラ?」
「なんか遠い国の定番のお話らしいですよ。
ガラスの靴を落とした持ち主を王子さまが探し出して、
プロポーズするんですってぇ」
「へぇ……」
ガラスの靴なんて履いたら、歩きにくいだろうに。
ベルはちっとも興味をそそられなかった。
「それって人間の世界のお話ですか?」
「多分そうじゃないですかね?
ユージさんって元人間だし」
「…………」
やはりというか、当然と言うか、ユージの部下である彼女は彼が元人間だったと理解している。その上で上司として受け入れているのだ。
「元人間なのに、受け入れられるんですか?」
その……仕事の上司として」
「そうですねぇ……最初はちょっと戸惑いましたけどね。
でもユージさまは私の夢を叶えてくれた人なので。
元人間とか、そういう些細なことは気になりませんね。
むしろ気にするだけ時間の無駄と言うか」
ムゥリエンナにとってはあまり気にならないらしい。
そう言えば……ベルに対する態度も、割とフェアと言うか。
半分人間の奴隷の身分についても気にせず、ごくごく普通に接しいてくれている。
魔族の中には人間の血が混じっていることを気にしない者もいるのだ。
目の前にいる彼女がそうであるように。
「じゃぁ……その……私たちみたいに。
半分人間である者たちについてはどう思いますか?」
思い切って質問してみた。
どんな答えが返って来るのか気になったのだ。
「半分人間? 私と同じですよね!」
そう言って足(と言うか胴)を止めて、ムゥリエンナは楽しそうに笑う。
そうだ……ラミア族も上半身は人間なのだ。
考えようによってはベルたちと同じなのかもしれない。
「もしかして、自分がハーフだからって気にしてます?」
「ええ……まぁ。私は見ての通り奴隷ですし。
魔族の方たちからしたら仲間として受け入れがたいのかなって」
今までに何度か城下町で買い物をしたことがあるが、オークが経営している店を選んでいた。獣人は純血でないベルたちを邪険に扱うからだ。
彼らはハーフである彼女を同じ種族として受け入れてくれない。
オークたちも、獣人と比べて奴隷の扱い少しだけマシと言うだけで、快く受け入れてくれるわけではない。
ベルたち獣人のハーフは結局のところ奴隷でしかないのだ。
だから……人が多い場所は視線が気になる。
なんで奴隷が一人で歩いているのかと、冷たい目で見られているように感じる。
彼らの心の内まで確かめたわけではないが、決して気のせいではないと思うのだ。
「へぇ……そんな風に思うんですね。
気持ちはわからなくもないです。
だって奴隷ですしね」
「…………」
ムゥリエンナは他人事だ。
さっきまであんなに楽しそうに一人語りしていたのが嘘のように、冷めた反応が返って来る。
やはり彼女も獣人たちと同じで、人間の血が混じっている者を疎ましく思っているのかもしれない。
「でも――」
「…………?」
「私たちは仲間ですよ。
身分なんて関係ないです。
一緒に働く仲間です」
ムゥリエンナはやさしく微笑んでそう言った。




