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275 ベルは今日も忙しい7

 一人で街へ向かうベル。


 農場から城下町までそこそこ距離があるが、徒歩でも小一時間ほどでたどり着ける。

 のんびり散歩するにはちょうどいい距離かもしれない。


 滅多に食べられない美味しい昼食をゆっくりと食べたら、午後は呑気に一人でお使い。

 なんていいご身分なのだろうか。

 メイドのくせに。


 内心で自嘲するベルだが、あまりに虚しすぎる。

 せめてネガティブなことを考えるのはやめにしたい。


 気持ちいいくらいに晴れた午後の空。

 吹き抜ける秋の風が心地よい。


 収穫の時を迎えた作物を、オークの農夫たちが刈り取っている。

 一人ではとても食べきれなさそうな大きな芋が山のように積まれていた。

 ふかして食べたらおいしいだろうなぁ。


 農作業に従事する獣人やオークに交じって、人間の奴隷たちが働いている。

 彼らは重い荷物を背負って城下町まで歩かされていた。


 何も履いていない泥まみれの足。

 ボロボロの服。

 痩せこけた身体に、表情のない顔。


 あまりにみすぼらしい人間の奴隷たち。

 思わず自分の姿と見比べてしまう。


 清潔なメイド服を着ているだけで、彼らとは違う世界に住んでいるかのように錯覚する。

 所詮は私も奴隷だ。

 本当なら何も違わないはずなのに。


 ゼノはとても豊かな国。

 肥沃な土地からは沢山の作物が収穫できる。

 市場は沢山の食べ物であふれている。


 でも……人間の奴隷がその恵みを授かることはできない。

 ただただ消費されて朽ち果てて行くだけの存在なのだ。

 死なない程度に酷使されて、働けなくなったら捨てられる。

 それが奴隷という存在。


 仕事を奪われたら大変なことになる。


 農場を追放されたら、彼らのように死ぬまでこき使われるのだ。

 満足に食事も与えられず、自由もなく、ボロボロの服を着せられて、狭い部屋に押し込められて……!


 そんなのは嫌だ。


 悪い考えが浮かぶと、余計に気持ちが焦ってしまう。

 気づけば早歩きになって街を目指していた。


 早く用事を済ませて戻らないと。


 帰ったら仕事を。

 早く仕事を。


 でないと……。



 ◇



 門をくぐって城下町へ。

 相変わらず獣臭い。


 獣人と人間のハーフであるベルだが、やはり純潔の獣人たちの匂いは独特で、なかなか受け入れられない。


 マムニールは毎日のように入浴して、体毛も日に三度ブラッシングしている。

 清潔を保っているので彼女の体臭が気になったことはない。


 だが……平民の獣人たちは違う。


 彼らは滅多に風呂なんて入らないし、マムニール以外でブラッシングをしている人を見たことがない。

 たまに毛づくろいをするくらい。


 そのため、彼らの身体は非常に匂う。

 街は獣の匂いで充満している。

 どこへ行っても、ケモノ、ケモノ、ケモノ。


 せめてマムニールのように身体を清潔に保ってくれれば、そこまで気にならないと思うのだが……裕福な暮らしをしている獣人はごくわずかだ。


 彼らは基本的に単純な労働を好む傾向にある。

 積極的に商売をして儲けようとする者は少数派だ。


 風呂にも入らない、ブラッシングもしない、自分の匂いなんて気にならない。

 自由気ままでその日の暮らしの生活を送る獣人たち。

 彼らが文明的な暮らしに目覚めるのはいつのことになるのか。


 ……と、ユージの愚痴を聞かされてことがある。


 この国の中枢で働いている彼は、誰よりも獣人のことを考えている。

 もともと人間だったとは思えないくらいに。


 いや、むしろ人間だったからだろうか?

 アンデッドになって人間に受け入れてもらえないから、その反動で人ならざる者たちを愛してしまったのかもしれない。


 もし私が人間だったら人間を愛していたのだろうか?

 少し疑問だ。


 ベルは獣人のことが嫌いではない。

 むしろちょっと好きなくらい。


 たとえ匂いがひどくて生理的な嫌悪感を抱いても、愛らしい動物と同じ見た目をしている彼らのことが好き。

 そう思うのはきっと、彼女に獣の血が流れているからだろう。


 逆に人間たちのことはあまり好きではない。

 酷使される純粋な人間の奴隷たちを見かけても、同情心はわいてこない。


 人間の世界を知らないベルにとって、人間たちの方こそ得体のしれない存在なのだ。

 姿かたちは異なったとしても、獣人たちに親しみを覚える。


 たとえ自由市民と奴隷と言う身分の壁に隔てられていたとしても。

 その気持ちは変わらない。

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