273 ベルは今日も忙しい5
「ふぅ……」
午前の仕事が終わり、一息つくベル。
彼女が昼食をとるのはマムニールが食事を済ませ、午後のスケジュールを調整し、その他諸々の雑務をこなしてからだ。
なので食事は他の奴隷たちよりも後になる。
午後の仕事が回るように調整してからでないと食事を始められない。まとまった時間も取れないので、食べたとしてもほんの数口。
すぐに次の仕事を始めないといけないのだ。
けれども今日は――
「…………ぱくっ」
サンドイッチを頬張る。
もぐもぐとゆっくり噛んで触感を楽しみつつ、めったに食べられないごちそうを堪能する。
今日は珍しくハムが挟んであるのだ。
更にはチーズまでついている。
贅沢にもバターがたっぷり塗ってあって、こんなおいしいサンドイッチは初めて食べた。
もしかしてユージが気を使ってくれたのか。
ミィのことで迷惑をかけてすまないと、彼は顔を合わせるたびに言っている。
以前にも鏡をプレゼントしてくれたし、ハムを差し入れてくれたとしても不思議ではない。
おまけに、贅沢にも食後には紅茶も飲めるという。
こんなに優雅でのんびりとした昼食は初めて。
「はぁ……どうしてかしら?
何で今日はこんなにも暇なの?」
一人、食堂でぽつりとつぶやく。
普段であればすでに動き始めているはず。
なのに今日は悠長に食堂で腰を下ろして、美味しい食事をゆっくりと味わっている。
本当にこんなことをしていていいのか。
午前中の仕事を終え、すぐに午後の予定の調整に取り掛かろうとしたところ、シャミと他数名の奴隷がやって来て、強制的にここへ連れて来られたのだ。
ゆっくり食事でもしていろと言い残し、シャミたちはどこかへ行ってしまった。
突然のことにベルが戸惑っていると、ミィがサンドイッチを持ってきて目の前に置く。
なぜかと聞くとしどろもどろになりながら、とにかく食べてと言い捨てて逃げてしまった。
なにがなんだか全く分からない。
状況が飲み込めずに戸惑っていると、別の奴隷が熱い紅茶を持ってきた。
しかも角砂糖まで添えて。
「ええっと……いいの?」
「うん、持って行けって言われただけだから。
いいんじゃない?」
「あっ……そう」
その奴隷も紅茶を置いてすぐにどこかへ行く。
「…………」
いったいなんなんだろう。
ベルはますます困惑する。
食事をしろと連れて来られ、普段よりも贅沢な昼食が運ばれてきて、極めつけは暖かい紅茶。
奴隷がこんな贅沢をしていていいのか?
マムニールはのこのことを承知しているのだろうか?
サンドイッチを平らげ、紅茶を一人で啜っていると、突然ある考えが脳裏を一閃する。
もしかして……これは……私をはめるための罠?
その疑念が頭をもたげた瞬間、背筋に冷たいものが走る。
もしかして今日の一連の出来事はベルをトップから引きずりおろすための罠なのかもしれない。
ミィもシャミも、他の奴隷たちも。
みんなが結託して私を陥れようとしている?
いやいや、そんなバカなことがあるはずがない。
だってミィやシャミが私を裏切るなんてありえないのだ。
そう自分に言い聞かせるベルだが、不安はなかなか消えてなくならない。
臭い物に触れると指に匂いがまとわりついて離れなくなるのと同じで、不安や疑念もまた簡単には拭い去れないのだ。
だんだんと不安は大きくなっていって、次第に形を変えて恐怖となった。
メイドとしての仕事を奪われてしまうかもしれない。
このまま呑気に構えていたら今の地位を追いやられ、気づいた時には別の誰かが代わりにそのポジションに収まってしまう。
ミィが面倒ごとを言って私を困らせるのも、シャミがそつなく仕事をこなしているのも、誰かが裏で糸を引いて二人を操っているから?
そんなはずは無いと思うのだが……思うのだが!
ぶんぶんと頭を振って、ばかばかしい考えを打ち消すベル。
いけないな、さすがにちょっと疲れすぎだ。
こんなバカなことを考えるなんて。
冷静になったベルはふぅとため息をついて、残っていた紅茶を飲み干した。
食器を下げ、みんながお喋りに夢中になって騒がしくなっている食堂を後にする。
さぁ……午後も頑張らないと!
 




