27 マムニールの実力
「えっ、それは……」
マムニールが持ってこさせたもの。それは巨大な弓。
あまりに大きく奴隷の少女たちが三人がかりで運んできた。
「あの……それ、なんですか?」
「見て分からない? 弓よ」
「それは分かるのですが……誰がこれを?
奴隷の少女たちに扱えるとは思えませんが……」
「これを使うのは私よ」
「……え?」
マムニールが? いったいどういう風の吹き回しなのか。
「熱心に訓練を積む奴隷たちを見て、
私も一緒に戦いたいと思うようになったの。
それで訓練を始めたというわけ」
「でも……そんなに大きな弓を使えるのですか?」
「もちろん」
にこやかにほほ笑むマムニール。どうやら自信があるようだ。
「早速、私の腕を見てもらおうかしら。
実戦で使いものになるか判断して頂戴」
「ええ、それは構いませんが……」
もしダメダメだったらどうしよう。ハッキリと本当のことを言うべきか。
ううん……言いづらいなぁ。
マムニールは大弓を片手で軽々と持ち上げ、弓を番えてギリリと弦を引き絞る。一連の動作があまりにスムーズだったので度肝を抜かれた。
マムニールは真剣な眼差しで標的を見定め引き絞った弦を放す。彼女が矢を放つと空気が「びゅっ!」と切り裂かれ、的のど真ん中に見事命中。
「どうかしら? 実戦で使える?」
「素晴らしいですね……驚きのあまり言葉もありません」
「ふふふっ、そう言ってもらえて安心だわ」
右手で口元を隠して笑うマムニール。
彼女の腕はプロ級。すぐにでも実践に投入しても問題ない。
しかし……筋力がやべぇな。こんなでかい弓を普通に扱えるとは。
獣人は人間よりも筋力が高いと言われているが、ここまですごいとは思っていなかった。マムニールは猫の獣人で、おまけに女性だ。獣人の中でも筋力は低い方かと思う。
にもかかわらず、これほどの筋力があるとなると……大型の肉食系の獣人はもっとすごいんだろうな。彼らの持つポテンシャルの高さに改めて驚かされる。
「ご婦人が協力してくれれば、
鬼に金ぼ……いえ……鬼神に大剣ですね!
是非とも奴隷たちを率いて……」
「気が早いわね、ユージさんは。
実は弓の訓練をしているのは私だけじゃないの。
さぁ、彼女たちを呼んできて頂戴」
「はい! 奥様!」
奴隷たちが誰かを呼びに飛んで行く。誰を連れてくる気だ?
しばらくすると呼びに行った奴隷が戻ってきた。その後ろからぞろぞろと……。
「ええっと……あの方々は?」
「婦人会よぉ」
「え? 婦人会?」
「ええ、農場を経営する方の奥様たち。
みんな暇を持て余していたとかで、
私が誘ったらみんな喜んで参加してくれたわ。
弓の練習がちょっとしたブームになっているのよ」
集まった獣人のご婦人は全部で十名。犬、猫、キツネ、タヌキ、ヤギ、ヒツジ、などなど。ふくよかな体系の人から、細身の人まで、各種ケモナー向けの獣人女性が勢ぞろい。
全員が全裸のドスケベシチュエーションだが、俺の心の息子は一切反応しない。
そういう属性、無いからな。
「みんな一生懸命に練習したから腕は確かよ。
さぁ、皆さん、ユージさんに腕前を披露してあげて」
「「「「「はーい」」」」」
マムニールの合図で一斉に弓を構える婦人たち。
次々と矢を放ち、その全てが的に命中。
「しゅっ……しゅんごぃ」
俺はその場に立ち尽くし、ぶるぶると震える。
「いかがかしら、ユージさん?」
「え? あっ、はい!
素晴らしいですよ! マジで!
ヤバい! マジヤバい!
すごすぎてヤバすぎる!」
「そんなに褒めてもらえるとは思えなかったわぁ」
俺の評価に満足したのかマムニールは充足感に満ち溢れていた。額の汗を腕でぬぐう姿がなんとも爽やかである。
「あとは……動く的ですね。
動き回る目標を射抜けるようになれば、
言うことはありません」
「なるほど、動く目標ね。分かったわ」
しかし……自分で言っておいてなんだが動く目標ってなんだろうな?
まさか人間の奴隷を的にしたりはしないよな?
倫理的にアウトな気もするが、ここは魔族の領域なので誰も文句を言わない。
勿論、俺も言わない。
現実は非情だ。
この国では人間の命など銀貨数枚と等価。奴隷商が大量に仕入れるので、本当に安く手に入る。
毎日のように大勢の人間が使い潰され、命を落とす。それを救うのは俺の役目ではない。現段階で奴隷解放は不可能。と言うかメリットが無さすぎる。
「ねぇ、ユージ」
こっそりとミィが話しかけて来た。
「……なんだ?」
「私がここで働いている間に、
戦争が起こったらどうするの?」
「大丈夫だ、それはない」
「どうして言い切れるの?」
「それは……」
現状、ゼノもアルタニルも、国境付近で守りを固め、お互いにらみ合いを続けている状態だ。一触即発とはいえ、この均衡はここ数年破られていない。
どちらかが国境を侵犯しない限り平和は続くだろう。
「というわけで、今のところは大丈夫だ」
「平和なのに戦争をするの?」
「平和だからこそ、戦争をやりたがる連中がいるんだ。
それがどんな痛みを伴うかも知らずにな」
「そうなんだ……」
残念そうにそう言ったあと、ミィは決意したように表情を引き締める。
「もしもの時は私も戦うからね」
「えっ、でも……」
「あの甲冑を着れば私も魔族だって偽れる。
戦場に出て行っても問題ないと思う。
だから……私も一緒に連れて行って」
「むぅ……」
一緒に連れていく……かぁ。
ミィが実戦でどこまで役に立つか分からない。乱戦になればトラブルも増える。それに……この戦争を早期に終わらせる為、多くの人間を殺すことになる。
果たして彼女にはその覚悟があるのだろうか?
今はまだ、疑問だ。