267 シロの日常19
「とってときとは?」
「それはね……」
レオンハルトはシロをそっと床に下ろす。
そしてわきの下に両手を添えて、高速で動かし始めた。
「こちょこちょこちょ!」
「…………」
「こーちょこちょこちょ! こーちょこちょ!」
「…………」
何がしたいのだろうか?
シロはぼーっとレオンハルトを見つめる。
彼は一心不乱に指を動かし続けている。
「えっと……くすぐったくない?」
「くすぐったいとは?」
「その……えっと」
「くすぐったいとは?」
シロの問いにレオンハルトは答えられない。
それもそのはず。
さっきから何も考えてない。
レオンハルトの思考は常に空っぽ。
ほぼ反射神経と、直感で生きているような男。
神経だけで身体を動かしているのかもしれない。
きっと脳は機能していないのだろう。
なんて超常的な生物だろうか。
「あのね、シロちゃん。
普通はここをくすぐられるとね。
笑ってしまうものなのだよ」
「私は普通じゃない」
「ううん……そっかぁ。
普通じゃない、か」
シロの肩に手を置くレオンハルト。
「普通の定義はよく分からないけど。
シロちゃんは普通だと思うよ」
「どうして?」
「ここは魔族の領域だからね。
いろんな種族の人がいるから。
シロちゃんだけが変なわけじゃないよ。
笑わないはユージだって同じでしょ?」
「……ユージも?」
そう言えば、そうかもしれない。
ユージには表情筋どころか、身体に一切の肉がない。
脂肪どころか皮膚も存在しないのだ。
笑えるはずがない。
「ね? シロちゃんだけじゃないでしょ?」
「……うん」
「だからね、無理に笑わなくてもいいんだよ。
そのうち自然と笑えるようになるかもしれないし。
気長に待てばいいんじゃないかなぁ」
「…………」
無理に笑わなくてもいい。
確かにレオンハルトの言う通りかもしれない。
別に笑わなくても困らないし、笑顔になったところで特別な変化があるわけでもない。
シロにとっての日常は変わらないまま。
彼女にとって笑顔は群れの一員として認めてもらうためのスキル。
しかし……よくよく考えてみると、今のままでも十分に受け入れてもらっている。
沢山の人がシロを気遣ってくれた。
多くの人が助けてくれた。
力になろうとしてくれた。
だから……笑顔にならなくてもいいのかもしれない。
レオンハルトの言う通り。
魔族の国には沢山の種族が住んでいる。
シロだけが特別、浮いているというわけでもない。
笑顔を作れないのはユージも同じ。
決して自分だけではないのだ。
「ありがとう、レオンハルト。
無理に笑わなくてもいいと分かった」
「そっか、良かったよ」
レオンハルトはゆっくりと立ち上がる。
今までずっとシロに視線を合わせるためにしゃがんでいたのだ。
彼は背伸びをして大きく欠伸をした。
無理に身をかがめていたので、疲れたのかもしれない。
「シロちゃんはこれからどうするの?
部屋に戻る?
それとも魔王の間に来て一緒に遊ぶ?」
「…………」
レオンハルトと遊んであげてもいい。
練習に付き合ってくれたのだから。
「一緒に遊ぶ」
「そっかぁ! じゃぁ一緒にきてね」
「わかった」
「それとも肩車してあげようか?」
「勝手に昇るから大丈夫」
シロはレオンハルトの背中から頭の上までよじ登る。
大柄の彼の頭の上は、普段は見ないような絶景。
まるで自分が大きくなったかのよう。
「魔王の間へいざ行かん」
「シロちゃん、楽しんでるねぇ」
「楽しんでるのはレオンハルト」
「うんうん、そうかもしれないねぇ」
レオンハルトはシロを頭の上に乗せたまま、歩いて魔王の間へ向かう。
途中、何人かの衛兵とすれ違うが、誰もシロの存在を気にしない。
シロがレオンハルトのお気に入りなのは兵士たちの間でも有名だ。
「ついたよー。何して遊ぶ?」
「猫じゃらし」
「ああ、あれねー」
ユージが用意した特別な道具の猫じゃらしを装備するシロ。
これでレオンハルトと遊ぶととても楽しいのだ。




