263 シロの日常15
「はぁ……もぅ、なんなんですの子のこは……うん?」
エイネリは怪訝そうな表情を浮かべる。
「いまちょっと、笑っていたですの?」
「……え?」
そう言われて自分の顔に手を当てるシロ。
笑顔になっていたと言われても、全く意識などしていなかった。
表情が変わっていたのだろうか?
自分では分からない。
「間違いなく笑顔になっていたですの。
ほら……もう一度やってごらんなさいですの」
「…………」
そう言われても、笑顔を作った意識はないので、どうも実感がわかない。
シロは笑ったつもりなどこれっぽっちもなかったのだ。
もう一度笑ってみようとしたが、今の状況を再現することができない。
どこをどうすれば笑顔になるのだろうか。
「にっ……にこぉ」
「ダメですの、それは笑顔ではないですの」
「どうすればいい?」
「こっちが聞きたいですわ」
肩をすくめるエイネリ。
せっかく笑顔の作り方が分かりかけたというのに、なんの収穫にもならない。
やはり自然な笑顔を作るのは難しい。
「もう一度、笑顔になりたい」
「今のままでは難しそうですの。
そうですの……ちょっと場所を移しましょう」
「どこへいくの?」
「そうですのねぇ……」
腕組みをして真面目な表情で考え込むエイネリ。
混沌としていた心の内はスッキリと整理され、次第に一つの結論が形作られていく。
「いいところがあるですの。
わたくしについて来るですの」
そう言ってほほ笑むエイネリ。
とっても優しそうな笑顔。
こんな表情をしてみたいものである。
◇
「ここですの!」
連れて来られたのは来客用の部屋。
確かここにはハーデッドが滞在しているはずだ。
「どうしてここに?」
「わたくしがとびっきり笑顔になれる場所ですの!
本当なら近づかないように言われているのですが、
シロさんのお願いとあらば仕方ないですの!
うへへへへ」
だらしなく表情を弛緩させるエイネリ。
サナトに会いに来た時とはまた違った感じの笑顔だ。
「ハーデッドが笑顔のもと?」
「その通りですの!
ハーデッドさまの匂いをくんかくんかするだけで、
わたくしは心の底から笑顔になれるですの!
さぁ、扉を開くですの。
ハーデッドさまぁ! いらっしゃいますかぁ⁉」
ドンドンと扉をノックするエイネリ。
口から涎がこぼれている。
これは笑顔とはちょと違う気がするシロ。
なにが違うかよく分からないが、とにかく自分が求めているものとは違う。
そんな気がする。
「失せろ! 去ね! 消えろ!」
扉の向こう側からハーデッドの怒鳴り声が聞こえてくる。
離れた場所にいるが、シロには彼女の気持ちが分かった。
ハーデッドの心の中は不快感でいっぱいだ。
「そうおっしゃらずに!
シロさんの笑顔の練習の為ですの!
そのお姿をお見せくださいですの!
うへへへへへ!」
「さっさと帰れ! この馬鹿! 殺すぞ!」
「もう死んでますのおおおおおおおお!
アンデッドは死なないですのー!」
「くっそ! お前ホントにクソだな!」
扉を挟んで言い争う二人。
これではとても笑顔の練習にはならない。
「エイネリ、これは違う」
「え? なにがですの?」
「これは笑顔ではなく、不快感。
ハーデッドはエイネリを不愉快に思っている」
「それは違うですの。
ハーデッドさまは素直になれていないですの。
きっとわたくしを受け入れてくれたら、
彼女はとびっきりの笑顔を見せてくれるですの。
そして二人はくんずほぐれつ……うひいいいいい!」
ダメだコイツ。
早く何とかしないと。
エイネリはまともな状態ではない。
興奮して手が付けられなくなっている。
このままでは笑顔の練習などできないと憤るシロ。
なんとかして状況を打開したい。
しかし……どうすればいいのだろうか?
ハーデッドは扉を開いたりしない。
エイネリがずっと騒ぎ続けるだけである。
であれば、答えは一つ。
「ぺっぺ」
シロは体内で合成した物体を吐き出す。
先ほどサナトから与えられた魔石を元に作った物だ。
これで扉を――
「待てっ!」
ハーデッドが飛び出してきた。
「バカ! それを早くしまえ!」
「うひょおおおおおおおお!
ハーデッドさまぁああああ!」
ハーデッドに飛びつくエイネリ。
すでにシロは吐き出した物体を扉の方へ転がしていた。




