260 シロの日常12
シロは今しがた目にした夢の光景について、よく分からないので忘れることにした。
不可解なことは放っておいて、楽しいことを考えるのだ。
「と言うことで、おだちん」
「はいはい。分かったわよ」
シロが両手を差し出すと、サナトはやれやれと言った様子で肩をすくめる。
安心したのか彼女は落ち着きを取り戻した。
さっきはあんなに慌てていたのに。
「なにをくれるの?」
「そうねぇ……シロは何を貰ったら嬉しいかしら?
甘ーいお菓子とかならいくらでも買ってあげるわよ」
「おかし?」
「そう、お菓子」
シロはお菓子が何かよく分からない。
ユージにも買ってもらったことがないのだ。
「もしかしてお菓子がなんだか分からないの?」
「分からない」
「ユージさま……こんな幼い子になんて仕打ちを……!」
サナトの表情が曇る。
彼女の心は悲しみに打ちひしがれていた。
どうやらお菓子を買ってもらったことがないのは、この世の終わりに近いようなことらしい。
シロはユージからあまりにひどい仕打ちを受けていたようだ。
「私がお菓子をたくさん食べさせてあげるからね」
目を潤ませながらサナトが言う。
そんなに悲しむようなことなのか。
「お菓子って、なに?」
「甘くておいしい食べ物よ。
甘いものを食べると、とっても幸せな気持ちになれるの。
だからね……お菓子を食べたことがないなんて、
とっても可愛そうなことなのよ」
「そう」
シロは自分のことを可哀そうだとは思わない。
必要なものは全て与えられているから。
そもそも彼女は食事をする必要がほとんどない。
たまに魔力を摂取すればいいだけ。
眠らなくてもいいし、一人ぼっちでも平気。
何かを食べるという行為が幸福に繋がるとは想像しづらかった。
しかし、お菓子を食べたら幸せな気分になれると言う。
もしかしたらお菓子は危険な薬か何かかもしれない。
サナトは普段からお菓子をキメているのだろう。
摂取したらいったいどんな気持ちになるのだろうか。
「来て、私の部屋にあるお菓子を食べさせてあげるから」
「うん」
お菓子に興味がわいたシロは、サナトについて行くことにした。
いったいどんなものが出てくるのだろうか?
「ここでちょっと待っててね」
部屋の前へ着くと、サナトは一人で自分の部屋に入って扉を閉める。
しばらく待っていると、彼女は大きな缶を持って出て来た。
「いま部屋の中は散らかってて入れられないの。
申し訳ないけどここで食べてもらえるかしら?」
「分かった」
「じゃぁ……好きなのを取ってね」
サナトが缶の蓋を開くと、中には色とりどりの丸いコロコロした石みたいなのがたくさん入っていた。
「なにこれ」
「飴玉よ、とっておきなの。
好きなだけ食べて良いからね」
そう言って優しく微笑むサナト。
彼女の笑顔は少しだけさみしそう。
もしかしたら同情しているのかもしれない。
お菓子を食べたことがないのは、とっても不幸なことのようなので、サナトにとってこれは慈善活動のようなものなのだろう。
シロに幸せを分けてくれようとしているのだ。
「ぱくり」
飴玉を一つだけ取って口に含むシロ。
なんてことはない。
砂糖を丸めて固めて色を付けただけのものだ。
「どう? おいしい?」
「…………」
シロはなんにも感じなかった。
甘いという感覚は、シロにはよく分からない。
その感覚によって幸せになれるとか、そういうことはなく。
ただ情報として体内に保存させるだけ。
もしかしたら、それはとっても悲しいことなのかもしれない。
甘いという気持ちが分からないシロにとって、お菓子はただの物体に過ぎなかった。
むしろさっき食べた失敗作の方がよほど食べる意義があったと言える。
本音を言ったらサナトはがっかりするだろう。
彼女を悲しませてはいけないと思って、シロは嘘をつくことにした。
「おいしー」
そう言って笑ってみた。
笑ったはずだった。
けれどもサナトは……
「やっぱりシロには分からないのかもね。
お菓子を食べることが、どういうことなのか」
そう言って悲しそうな顔をするサナト。
どうやら上手く笑えなかったようだ。
笑顔を作るのはとっても難しい。




