25 農場のオーナー
「シャミ、早速ですまないが……。
君の主人を連れて来てもらえないか?」
「はい! 分かりましたぁ!」
快諾して飛んでいくシャミ。彼女が少し離れてからミィが口を開いた。
「ねぇ……ここで生活するの?」
「ああ、一週間の辛抱だ。
と言っても、ここの奴隷は丁重に扱われている。
俺の部屋で暮らすよりもずっと快適だぞ」
「ううん、共同生活とか心配だなぁ。
他に沢山奴隷の子がいるんでしょ?」
「ああ、確か100人近くいたはずだ」
「うわぁ……」
げんなりするミィ。集団行動がよほど嫌らしい。
彼女の気持ちも分からなくもない。一人ってのは気楽でいいからな。
それに奴隷として生活しろだなんて、いきなり言われても不安になるだろう。俺は彼女の不安を払拭するべく、ここの奴隷がいかに丁重に扱われているか説明。
先ず、労働について。
一日8時間を厳守。それ以上は絶対にダメ。
朝は6時に起床。朝食を取ってから4時間ほどの肉体労働ののちに昼食。一時間の休憩を経てから午後の労働。4時間働いたら夕食。自由時間の後、直ぐに就寝。
とまぁ、奴隷にしてはかなりホワイト。
一切給料が支払われず、休日が存在しない以外は、なんら問題のない平均的な待遇といえるだろう。
この国で奴隷は家畜として飼われており、毎日フル回転で限界まで働かされていた。食事も一日一回だけ。そんな待遇なものだから次々に死んだ。
これはなんとかしないといかんと思い、俺は農場の持ち主の所へ行って直談判。奴隷の生活環境を改善するよう訴える。
初めは誰も聞く耳を持たなかったが、熱心に説得して回っている内に話を聞いてくれる人が現れた。
それがこの農場のオーナーだ。
勤務時間を短くして休憩を取り入れ、十分な食事を与えた方が効率は良くなると、俺は時間をかけてオーナーに説明。人権なんてクソ喰らえなこの世界で、その主張は眉唾ものだっただろう。
ところが、オーナーは面白半分で俺の主張を聞き入れ、労働環境の改善に同意。
環境改善後、生産性ははるかに向上。奴隷が死亡することも少なくなり、領内で一番の生産力を誇るようになった。
この農場が成功したのを見て、他のオーナーも労働環境を改善。そんな過去があるので、ケモミミハーフ奴隷は俺を信頼してくれている。
「というわけだ、ミィ。
そんなに大変な生活じゃないから安心しろ」
「まぁ……それくらいなら……」
微妙な表情だが、安心はしたようだ。少なくとも地獄ってほどではない。
「呼んできましたよー!」
シャミが戻ってきた。後ろにオーナーの姿が見える。
「あの人……が?」
「ああ、オーナーのマムニールだ」
マムニール・ライネット。この農場を取り仕切る猫型獣人の女性。
「お久しぶりねぇ、ユージさぁん」
艶めかしい手つきで手まねきをして、腰を微妙にくねらせるマムニール。
全身が赤い体毛でおおわれている彼女は、衣服を身に着けていない。見た目は二足歩行する猫なので、別に裸でも恥ずかしい気持ちにはならん。
乳房は人間と同じ形をしていて、非常に大きいが乳首は毛で隠れている。
唯一露出しているのはへそくらいだろうか。腹部は毛が薄くなっているが、他はほぼ全部もっさりと毛が生えている。
顔もほとんど猫。完全にケモナー向けのキャラクター。ブリティッシュ・ショートヘアーな感じの見た目で、どこぞのニヤついた猫をほうふつとさせる。
獣人って基本的に服を着ないんだよな。魔王は黒いコートを身に着けているが……しっかりと着こんでいる人の方が少ない。
「ご機嫌うるわしゅう、マムニール婦人。
調子はいかがですか?」
「上々ってところねぇん。
今日はなんの用で来たのかしら?」
早速、本題に入る。
「実は……訳あって奴隷を手にしまして。
その処遇をどうするか困っているのです。
一週間ほど預かってもらえないでしょうか?」
「奴隷を? どうしてまた」
「これには深ぁいわけが……」
深いわけなどない。部屋の前に勇者が転がっていただけだ。
口が裂けても本当のことなど言えないけど。
「あなたには借りが沢山あるから、
それくらいのお願い、
聞かないわけじゃないのだけど……。
ただってわけにはねぇ」
「勿論、見返りも用意してあります」
「見返り?」
「こちらです」
俺は持っていた紙袋からある物を取り出す。
「そっ……それはぁ」
「最上級のマタタビにございます」
「いいわぁ、いいわいいわ!
アナタって本当に素敵な骨ね!
いいわ、なんでも言うこと聞いちゃう!
なんでもよ!」
チョロいなこの人。
このマタタビはイミテの商店で貰ったものだ。
魔王がネコ科なので、こういう物を直ぐに手に入れられるよう、イミテにこっそりと仕入れさせている。レオンハルトが素直に言うことを聞くのは、俺がこういった品を用意できるからでもある。
マムニールは受け取ったマタタビに頬をすりすり。
ウットリした表情を浮かべている。
「それでは、この奴隷をお預かり頂けますね?」
「ええ、勿論よ!」
二つ返事でミィの保護を受け入れてくれた。
ありがたいことだ。
「ねぇ……ユージぃ」
ミィが小声で話しかけて来た。
「なんだ?」
「本当にここで生活するの?」
「不満か?」
「そう言うわけじゃ……」
やはりまだ抵抗感があるか。無理もない。
奴隷として生活しろと言われたら誰だって嫌だ。ここで奴隷がどんな生活をしているのか、実際に見せて安心させてやろう。
「マムニール婦人、農場を見て回っても構いませんか?」
「ええ、結構よ。
ユージさんには見てもらいたい物があるの。
丁度いいから見学して行って頂戴」
「はぁ……」
見て欲しい物? なんだろうなぁ?
心当たりがない。
とりあえずミィを案内しよう。この農場の勝手は大体分かっている。
「まずここが奴隷たちの宿舎だ。
一人一人にベッドがあてがわれていて、
私物の所有も許可されている」
「ふぅん……」
俺が最初に案内したのは奴隷の宿泊施設。
綺麗でフカフカな布団。枕もあるぞ。
ベッドは二段。大きな広間にたくさん並べられている。
今は皆、働きに出ているので誰もいない。
「うわぁ……」
それを見てミィ、ドン引き。
「この生活環境ではダメか?」
「個室じゃないと落ち着かない……かな」
「個室はなぁ。流石に無理だろう」
「そっかぁ……」
ミィは集団生活が生理的に受け付けないらしい。今から心配になってきた。
「大丈夫だよ、ミィちゃん。
ここの生活も悪いもんじゃないよ」
ミィの不安を拭い去ろうと、シャミは優しく語りかける。
「ううん……シャミさんは嫌じゃないの?
奴隷として扱われるのって」
「え? なんで?」
「なんでって……奴隷って普通に嫌でしょ」
「確かに嫌かもね。
でも私は生まれた時からずっと奴隷だったから、
自由ってよく分からないんだ」
「……そうなんだ」
獣人と人間との間に生まれた彼女たちは、基本的に自由が認められていない。
シャミも生まれながらに奴隷だったので、自由がなんなのか理解できないのだ。
それでも……。
「でも、自由って憧れる!
お出かけして、好きなものを買って、
男の人と恋人になりたい!」
目を輝かせて自由の夢を語るシャミ。その思いは実に切実だ。
「あなたの頑張り次第で自由も手に入るわぁ。
ねぇ、ユージさん……」
マムニールはにこやかに笑って言う。
ケモミミハーフ奴隷を自由にする為、俺はマムニールとある協定を結んだ。
それは……。