248 悪しき者ども
翌日。
俺は魔王に騒動のことについて報告。
それを聞いた彼は大いに呆れていた。
「またかぁ。不注意にもほどがあるぞ。
一度ならず二度までも……」
「返す言葉もございません」
「ユージよ、貴様には幹部としての自覚が足りん。
もっと慎重に行動すべきではないのか?」
「仰る通りです、閣下」
無能な奴に正論を吐かれるとむかつく。
でも言っていることは正しいので素直に反省。
「でもまぁ、無事に帰って来られて何よりである。
尽力した部下たちには感謝しておけよ。
それと……」
ハーデッドの方を見る魔王。
彼は微妙な表情になった。
「ハーデッド殿にも……だ」
「感謝など不要!
余もさんざん世話になったからなぁ!
お互い、助け合う良い関係を築けて、
なによりではないか!」
あっはっは!」
「あのぅ……ところでその子は……」
「うん? これか? 余の新しい奴隷だ」
隣にいるセレンを見やるハーデッド。
セレンはレオタードとハイニーソの格好。
さらにはさるぐつわを噛まされ、後ろ手に両手を縛られている。
「奴隷をどう扱ってもいいと思うけど、
あまり気持ちのいいものじゃないね」
「む? そうか?」
苦言を呈するレオンハルトにハーデッドはキョトンとする。
「こ奴は勇者にそそのかされ、
ユージ殿の誘拐に加担した不届きものだ。
こうして自分の立場を分からせているのだ」
「うん……そうなの。
あまり人目のつくところでやらないでね。
城の中でやる分には構わないけどさぁ」
「分かった、外へ出すときは拘束をほどくとしよう。
しかし、首輪と鎖は付けたままにするぞ」
「うん……」
げんなりした様子のレオンハルト。
この人でもドン引きすることがあるんだな。
「それで、いつまでこの国に滞在するつもりなの?」
「そろそろ帰ろうとは思っているのだが……。
この国はどうにも居心地が良くてなぁ。
なんなら、永住したいくらいだぞ」
「それはどうも」
レオンハルトは心の中では、さっさと帰ってくれと思っているのかもしれない。
まぁ……俺もこれ以上、彼女の面倒を見るつもりはないが。
「そこで、一つ余から提案があるのだ。
貴殿らはアルタニルに攻め込むつもりなのだろう?
その戦いに余も協力したい」
「と、言うと?」
「イスレイも軍を出してアルタニルを攻める。
ともに死力を尽くして戦おうではないか!」
「…………」
ハーデッドの提案に、沈黙するレオンハルト。
彼はちょいちょいと指を動かして俺を呼ぶ。
「……何か?」
「ハーデッドって役に立つと思う?」
「ええ、彼女の実力は確かですからね。
ですが……戦術家としては微妙かと」
「だよねぇ……」
ハーデッドはレオンハルトよろしくバリバリの脳筋である。
おまけに魔王としての自覚も足りない。
こんな人を一緒に連れて行ったところで、役に立つかと聞かれたら微妙なところだ。
イスレイが力を貸してくれるのは非常にありがたい。
不死の軍団がともに戦ってくれるのなら勝率はグッと上がる。
何より助かるのは魔法が使えるユニットが仲間に加わることだ。
ゼノには魔法を扱える者がほとんどおらず、遠距離攻撃には脆弱である。
リッチもヴァンパイアも、優秀な魔法の使い手。
敵に対抗するのに十分な戦力となる。
魔法での攻撃が可能なら人間と対等な立場で戦える。
だが……。
それは指揮権がこちらにある場合の話。
ハーデッドが指揮するとしたら役に立つとは思えない。
彼女はおおざっぱな性格だからなぁ。
敵を見つけたらすぐに突撃せよと命じるだろう。
「閣下、私にいい考えがあります。
ハーデッドさまには協力して頂きましょう」
「戦後の利権問題とか、面倒にならない?」
レオンハルトにしては、まともな質問。
そんなことまで考える脳があったのかと驚く。
「そこも私にお任せください。
面倒なことにならないよう調整いたします」
「うん……じゃぁ、決まりで」
レオンハルトはイスレイとの同盟を決断した。
「それではハーデッド殿。
不死者と獣人で力を合わせ、ともに戦い、
人間どもに力を知らしめようではありませんか」
「望むところだ!」
力強く握手を交わす二人の魔王。
ここにゼノとイスレイの同盟が結ばれた。
不安ではあるが、心強くもある。
ハーデッドの働きに期待しよう。
◇
ゼノの郊外。
ウェヒカポとの戦闘が行われた湖。
そのほとりに一匹の怪魚が打ち上げられた。
「ようやく釣り上げましたよ。
ポポロさん、お願いします」
「うん。アミナ、やって」
釣竿を持つエルフの男が言うと、緑髪の少女は自分を抱きかかえている女に命じる。
「…………」
アミナと呼ばれたその女は少女を抱きかかえたまま怪魚へと近づく。
そして……。
ざしゅっ。
右手を不自然に伸ばして怪魚を人撫ですると、腹が裂けて中身があたりにぶちまけられた。
「ぷはぁ! ようやく出られたよ!
ここはどこだい? 地獄かい? それとも天国⁉」
「そのどちらでもありません。
ここは現世ですよ、はい」
エルフの男が言う。
怪魚の腹から這い出たウェヒカポは、あたりをキョロキョロと見渡す。
腕だけになった彼女の身体の表面にぎょろりとした目玉ができている。
「誰だい? 随分と優しい声だね」
「わたくしはただの通りすがりでございます。
ウェヒカポさまを助けるよう命じられ、
怪魚を使ってお救いした次第です、はい」
「へぇ、このあたしを助けてくれたのかい。
でも……なんでだい?
見返りがあるわけでもないのに……」
「見返りならあります。
我々に力を貸して欲しいのです」
「力を?」
ウェヒカポは見ず知らずの連中からの突然の申し出に不信感を抱く。
「あたしに何をさせようって言うんだい?」
「我々の目的は、アナタの目的と似ています。
ご協力頂ければ、野望を叶える手助けができるかと」
「この世界からやかましい人間どもを、
一人残らず抹消する手助けができるって言うのかい?」
エルフの男はゆっくりと頷く。
「左様です、はい」
「なら協力してやらなくもないけどね。
それよりも、そこにいるのは誰だい?
自己紹介しておくれよ」
ウェヒカポは少女と女に問いかける。
「私はポポロ。こっちはアミナ」
「そうかい、聞いたことない名前だけど、ヨロシクね。
あたしゃウェヒカポって言うんだよ」
「そう」
「やけに無口な子だねぇ。
おまけにそっちのアミナって奴は、
一言もしゃべらないじゃないか。
何か言っておくれよ」
「…………」
アミナは何も言わない。
無言のままポポロを抱きかかえている。
「はぁ……ケッタイな子たちだねぇ。
まぁ、あたしが言えたことじゃないんだけど。
それよりもエルフのアンタ、名前はなんて言うのさ」
「わたくしの名はヨハン。
訳あってゼノに滞在しています。
アナタと会えたのは偶然、と言って良いでしょう。
我々の邂逅は予定にはありませんでした」
エルフの言葉に、ウェヒカポは指をかしげる。
「予定? 何か企んでいるのかい?」
「ええ……それはもう。
楽しい、楽しいイベントを予定しています。
ウェヒカポさまにもぜひ、ご参加いただきたい」
「まぁ、手伝ってやらなくもないけどね。
それと……もう一人いるね。
そっちの彼女も名前を聞かせておくれ」
「あら、思っていたよりも感が鋭いのね。
これは侮れないわ。とても侮れないわ」
「あんた……人間かい?」
ウェヒカポが尋ねると彼女は不敵に笑って答える。
「正確には人間だった、と言えばいいかしら。
元々人間じゃなかった気もするし、
今でも人間なのかもしれないわ。
そんなこと気にしても仕方がないけどね。
仕方がないの」
「重ね言葉が好きなんだねぇ。
もしかしてあんた……勇者のマリアンヌさんかい?」
「私を知っていたのね、嬉しいわ。
とっても嬉しい」
マリアンヌは微笑んでそう答えた。




