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245 決着

「待ってくれ! そいつを殺さないでくれ!」


 そう言ってマティスは額を地面につける。


「なんだ……今更になって命乞いか?」

「見損なうな!

 自分たちが助かろうなんて思ってねぇ。

 命を懸けて戦ってんだ!

 けどよぉ……そいつは別だ。

 俺が巻き込んじまった。

 なんとか助けてやってくれねぇか!」

「ダメだ。この少年も、貴様らと同じ。

 戦士として戦い、死ぬためにここへ来た。

 見逃すことはできん」

「だけど! そいつはお前のお気に入りだろ⁉

 殺すなんて言うんじゃねぇよ!」


 その一言に、ピクリと口元を引く付かせるハーデッド。


「お気に入りだったら何なのだ?

 貴様に我らの関係の何が分かると言うのだ?」

「分かるに決まってるだろ!

 お前らは運命の赤い糸で結ばれた

 お互いに愛し合う恋人同士だろうが!

 それを……相手を殺して解消するなんて、

 あまりに勿体なさすぎるぞ!」

「さっきから何なのだ、貴様は。

 意味が分からないぞ」


 マティスの言葉に混乱するハーデッド。

 彼はさらに続けて言う。


「一度愛し合った仲ならよぉ。

 その愛がどこまで続くか試せばいいじゃねぇか!

 そうだ、愛ってのは無限大なんだ!

 永遠なんだよ!」

「だから……」

「ああっ! なんて素晴らしいんだ! 愛ってやつぁ!

 種族の垣根を越えて、愛し合うなんて、

 実に妬かせてくれるじゃぁねぇか!」


 マティスは立ち上がって歌劇でも演じているかのように、胸に手を当てて声高らかに主張する。

 あまりに意味不明なその行動の裏に、なにか隠された意図があるのではないか。


「ハーデッドさまぁ! 遅れましたのっ!」


 エイネリがこちらへと駆け寄って来る。

 彼女の背後には大勢の獣人たち。


「遅かったな、エイネリ」

「下水道を脱出するのに時間がかかって、

 申し訳ありませんでしたの!

 それで……状況は?」

「見ての通りだ。

 敵を完全に追い詰めた。

 ……はずなのだが」

「ああっ! 愛っ! 愛は素晴らしいぃ!」


 叫び続けるマティス。

 いよいよもって気が狂ったか。

 そう思ったが、どうもおかしい。


 気が狂ったというのなら、もっと狂気じみたものを感じるはずだ。

 無秩序にわめきたてていたら、こんなにも演技がかったようには見えない。


 それに……マティスの目は正常だ。

 彼の眼はまっすぐに前を向いており、しっかりとこちらの動きを見定めている。

 アレが狂人の目だと言うのか。


 ふと、あることに気づく。

 マティスの肩に刺さっていたはずの矢が、いつの間にか引き抜かれていたのだ。


 魔法も使えない、この状況で、そんなことをして何になるというのだ。

 傷口を治癒することなんて――


「ハーデッドさま! その女!

 なにかしているですの!」


 エイネリが言う。


 先ほど、地面に伏して戦意を喪失していたアリサ。

 彼女はうずくまったまま、何かをいじっている。


「おいっ! 貴様! 何をしている!」

「うふふふ……あははははは!

 うひゃひゃひゃひゃにゃ!」


 狂ったように笑うアリサ。

 彼女は手元にあったものを広げて、こちらへと見せつけた。


「すっ……スクロールですの!」

「え? スクロール?」

「まさか、ご存じない?」

「馬鹿者! それくらい知っておるわ!」


 スクロール。

 それは呪文を詠唱せずに魔法を発動する道具。


 魔法使いが生成したマナを注ぎ込み、詠唱呪文を紙にしたためたものだ。

 これを使えば、どんな場所でも、どんな状況でも、即座に魔法を発動できる。


 マナを先払いしているので、体内のマナが枯渇していたとしても問題ない。

 非常に便利な道具なのである。


「あれは……転移魔法のスクロールですの!」

「転移魔法だと⁉ それは本当なのか⁉」

「本当ですの! 逃がしてしまうですの!」

「まてまて、エイネリ。

 上空をよく見てみるのだ。

 サナトのはった封魔結界が見えるだろう。

 アレの下では魔法は使えんぞ」

「あれは魔法の詠唱を阻害する結界ですの!

 スクロールは関係ないですの!」

「……え? そうなの?」


 ぎょっとするハーデッド。

 しかし、もう全てが遅すぎた。


「ぷぎゃああああああああああ!

 残念だったなぁ、ハーデッド!

 俺たちはこのままおさらばするぜ!

 コイツを連れてなぁ!」


 そう言って頭陀袋を見せつけるマティス。

 ハーデッドの真っ青な顔から血の気が引いて行く。


「それは……ユージか⁉」

「残念でしたー! ばーか! ばーか!

 クソ吸血鬼のクソ魔王!

 まんまと取り逃がしてやんの!

 うひゃひゃひゃひゃ!」

「まっ……待て……」

「待ちませーん!

 全然、全く、待ちませーん!

 せいぜい悔しがってろ馬鹿魔族ども!

 それじゃぁこれでおさらばするぜぇ!

 あっひゃっひゃっひゃっひゃ!」


 マティスたちのいる場所から緑色の光が放たれ、彼らの姿が一斉に消える。

 緑色の光は上空へと飛翔し、そのままどこかへと飛び去っていった。


「うそ……ですの」


 エイネリは崩れ落ちる。

 ハーデッドもどうすればいいか分からず、その場に立ち尽くした。


 ユージを連れていかれてしまった。

 この戦いは、マティスたちの完全勝利となり幕を閉じた。












「あっはっはっはっは! うっひゃー!

 勝ったぞ! 俺たちは勝ったんだ!」


 転移先で狂喜乱舞するマティス。

 傷んだ身体をものともせずに雀躍じゃくやくする。


「あんた、喜びすぎよ……ホント」


 涙ぐむアリサ。

 彼女は生還できたことにホッとして胸をなでおろしていた。


 彼らが転移したのは、何もない草原。

 ここが何処なのか正確な場所は分からないが……どうやら人間の領域であると言うことは分かる。


「でも……どうしてスクロールが?」

「そんなの知らねぇよ。

 あの矢を誰が撃ったかもわからねぇし。

 きっとスパイの誰かが助けてくれたんだろう」


 マティスはそう言って傷口に手を当てる。


 先ほど彼を射抜いた矢にはスクロールが結び付けられていた。

 それに気づいたアリサはこっそりと開き魔法を発動したのだ。


「でも、助かったわね。

 その誰かさんのお陰で。

 一度お礼が言いたいわ」

「だな、マジで救世主だったわけだ。

 どこのだれか分かんねーけど本当に感謝だな。

 ……そっちの二人は大丈夫か?」


 意識を失い、倒れているイルヴァとダクトを見てマティスが尋ねる。


「大丈夫みたい。

 二人とも大した怪我はしてないから」

「んじゃ、テキトーに治癒魔法でもかけてやってくれ。

 こいつら、封印されてた力を使うと、

 反動で変な風になるからこれから大変だぞ」

「ええっと……どんなふうに大変なの?」

「二人のでっかい赤ん坊の面倒を見ることになる。

 ってもまぁ、三日くらいで元に戻るから、

 ずっとってわけじゃねぇ」

「……そっか」


 何はともあれ、四人は無事に帰ってこられた。

 目的もきちんと達成したうえで。


「さて、そろそろクソ骸骨とご対面と行くか。

 奴の絶望顔を拝むまでは安心できねぇ」

「絶望顔って……骸骨に表情なんて無いでしょうに」

「俺には分かるんだよ! なんとなくだけどな!」


 そう言ってニカリと歯を見せて笑うマティス。

 まるで少年のように無邪気な笑みだった。


「それでは……クソ骸骨ぅ! ご対面ん!」


 頭陀袋の紐をほどくマティス。

 その中には……。


「……は?」

「……え? 何これ?」


 頭陀袋の中には黒くて丸い物体が入っていた。


「骸骨は?」

「色が変わったとか?」

「んなはずないでしょう!

 すり替えられたのよ!」

「いつ⁉」

「そんなの知らないわよ!

 なんで気づかなかったの⁉

 重さだって全然違うでしょうに!」

「まっ……マジかよ……ちくしょぉ!

 でもこれ、なんなんだ?」

「爆弾とかじゃ……」


 それを聞いて、マティスは血の気が引いた。

 頭陀袋を遠くへと投げ捨てダクトとイルヴァを回収し、遠くへと逃げ去る。


「ちょ! おいて行かないで!」

「アリサ! 逃げろ! アレヤバイ奴だぞ!」

「そんなの私だって分かってるぅ!

 だから置いて行かないでぇ!」

「逃げろ、逃げろ、逃げろ!

 早く、早く、はや……」




 カッ!




 あたり一面をまばゆい閃光が包んだ。

 かと思うと、色とりどりの光が、あたり一面にほとばしる。


「なっ……何じゃこりゃぁ⁉」

「巻き込まれちゃう!」


 二人は光に飲み込まれ、もみくちゃにされる。

 髪の毛や鎧や服が七色に染まる。


「げほっ……何だこれ」

「分からないけど……助かったみたいね」

「畜生……なんなんだよ、この結末わぁ!

 折角の苦労が水のあわじゃねぇかよぉ」


 七色のまだら模様になったマティスは涙と鼻水を流し、頭をかきむしる。


「ちくしょおおおおおおお!

 覚えてろおおおおおおおお!」


 敗北した勇者の悲鳴が、むなしくこだました。

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