240 なにかの冗談
「いくよっ!」
本気を出したトゥナ。
先ほどよりも三倍速く襲いかかる。
「くそっ!」
敵の繰り出す高速での攻撃。
一発、一発が非常に重く、剣で受けきるだけで精いっぱい。だんだんと手がしびれて柄を握るのもおぼつかなくなる。
このままでは確実に負ける。
マティスが確信し始めた……その時だ。
「ばぶううううううううううう!」
立ち上がったダクトがトゥナへ襲い掛かった。
口には金色のおしゃぶりを咥えている。
まっすぐに目標へ突進するダクトだが、当然これはかわされてしまう。
「なんだい急に? おしゃぶりなんて咥えて。
なにかの冗談かい?」
「ばぶううううううううううう!」
「やれやれ、言葉まで話せないのかい?
冗談にしても笑えないね」
トゥナは肩をすくめた。
「ねぇ、マティス!
ダクトはどうなっちゃったの⁉」
「アイツの真の力を解放したんだ!
あのおしゃぶりを咥えることで、
力を使い続けることができる!
けどまぁ……副作用もひでぇんだけどな」
「どれくらい酷いの?」
「三日間は赤ん坊の状態のままになる」
「うわぁ……」
幼児退行したダクトの姿を思い出しアリサはドン引きする。
「でも、あんな状態じゃ戦えないよ?
敵は空を飛んでるっていうのに……」
「それはまぁ大丈夫だ。とりあえず見てろよ。
つーか転移魔法の詠唱はどうした?
さっさと唱えないと、あいつらの苦労が水の泡だぞ」
「え? あっ、ごめん」
慌てて詠唱を始めるアリサ。
この様子だと、発動までにまだ時間がかかる。
アリサが詠唱を完了したタイミングで仲間を一か所に集め、敵を排除する。
なかなかに難題だが弱音を吐く暇はない。
失敗したら全員そろってゲームオーバー。
「ばぶううううううううう!」
「なんだいこりゃっ⁉」
ダクトの繰り出す攻撃に驚くトゥナ。
彼は無数の衝撃波を放ち、空を飛び回る敵を攻撃し始めたのだ。
彼の放つ衝撃波は広範囲に影響を及ぼす。
避けようにも目視できないので、トゥナは何発か喰らってしまった。
「っ……やるじゃないか。
面白くなってきたね。
ここからは本気でやらせてもらうよ!」
ダクトの攻撃を受けてもなお、戦い続けるトゥナ。
ハルバードを振り上げて襲い掛かる。
その攻撃を素手で防ぐダクトだが……力比べでは敵の方に分があるようだ。
だんだんと押され始めている。
「おいダクト! マジかよ!」
「へへへ、お困りのようですね」
地面から顔を出したおっさんが言う。
「てめぇ、そんなところに隠れてやがったのか。
喉を切り裂いたのに喋れるのはどうしてだ?」
「ご覧の通りスライムで損傷した部位を補ってるんでさぁ。
若干、声が変な風になってますがね。
それで勇者さま、ものは相談なんですが……。
ここは大人しく捕まってくれはしませんか?」
「は? 断る」
即答するマティス。
「やれやれ……強がりを言って。
アンタに何ができるって言うんです?
魔王まで現れたっていうのに……」
「はんっ、魔王がなんだってんだ。
俺にはまだ、切り札が残ってんだ。
特別に見せてやる……超必殺技をよぉ」
「へへへ、なんですかそれ?」
おっさんはあまりに幼稚な彼の言葉に失笑する。
「これは俺が習得に三か月かけた技だ。
対人戦で使うのはこれが初めてだよ。
誇っていいぜ」
「へへへ、怖い、怖い。
あっしは地面の中に失礼しますんで、
せいぜい頑張って下さいね」
そう言って地面に潜ろうとするおっさん。
しかし、マティス。
わざわざ姿を現した敵を見逃すほど間抜けではなかった。
「爆裂閃光剣!」
マティスはおっさんが潜った場所に必殺技をぶつける。
勢いよく大地がめくれ土が飛び散る。
そこには大きな穴が開いた。
「げっ! スライムが!」
えぐれた土の中におっさんの姿があった。
彼は身体をスライムで包み込んで土の中を移動していたらしい。そのスライムを吹き飛ばされてしまい完全に無防備な状態だ。
「へへっ……追い詰めたぞ、おっさん!」
「ぎゃあああああああ! やめ……」
どがああああああん!
マティスがもう一度、必殺技を発動すると、おっさんは勢いよく林の中へ吹っ飛んでいった。
普通の人間が相手なら間違いなく死んだはずだが、寸前でスライムを盾にして身を守っていた。
まだ息があるかもしれない。
とどめを刺そうかと迷ったが……。
「ばぶううううああああああ!」
ダクトが悲鳴を上げマティスのすぐ横に吹っ飛んできた。
どうやらトゥナとの力比べに負けたらしい。
スライム使いを撃破したはいいが、まだハーデッドとこの女が残っている。
「ハァ……ハァ……。
思った以上に強かったね。
夫にしたいくらいだけど……。
幼児退行する趣味ってのはいただけない。
あたしはパスさせてもらうよ」
「じゃぁ、次は俺が相手をしてやるよ」
「その死にかけた身体で、
何処まで戦えるか興味があるね。
試させてもらうよ」
トゥナはハルバードを構える。
彼女もまた、ダクトとの闘いで負傷しており、万全の状態とは言えない。
勝機はまだ残されている。




