表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

239/369

239 ここからが本番

 周囲の木が、次々と地面の中へ飲み込まれる。

 まるで巨大な穴が開いたかのように、ストンと得体の知れない空間に落ちていく。


「何が起こってやがる⁉」

「さっきのスライム野郎の仕業だろう!

 早くここから出ないと俺たちも飲み込まれるぞ!」

「ちくしょう! あの野郎ぉ!」


 マティスは拳で木を殴りつける。

 するとその木も地面に飲み込まれ始めたので慌ててその場から飛びのいた。


「ぐたぐた言ってる暇はねぇ!

 とりあえず俺から離れろっ!

 炸裂破壊剣ブレイクブレイド!」


 地面に剣を突き刺して必殺技を発動するマティス。

 大地にエネルギーの波がほとばしり、立っていられないほどの衝撃が広がる。


「もうやらないって言ったのにぃ!」


 イルヴァが悲鳴を上げる。

 彼女は詠唱を続けるアリサに抱き着いていた。


「地中の敵を攻撃するのはこれが一番だ!

 逆にこれが効かなかったら……」


 マティスの不安は的中する。

 地面からスライムの触手が現れて彼らを襲い始めたのだ。


「くそっ! 効果なしかよ!

 仕方ねぇ、逃げるぞ!

 アリサは詠唱を続けろ!

 イルヴァ! お前も何か強そうなのを頼む!

 外でやべぇのが待ち構えてるんだ!」

「分かったよー!」


 外ではトゥナが待ち構えているが、もはや迷っている暇はない。

 ここにいたら飲み込まれてしまう。


 一行は先ほどとは別の方向から雑木林の外へと逃れた。


「おやおや、今度はこっちかい?

 あちこち逃げ回るのが好きなんだねぇ」


 まるでこちらの行動を見ていたかのようにトゥナは先回りしていた。


「くそっ! ここは俺が……!」

「やめろっ! 待てっダクト!」


 ダクトがトゥナへと襲い掛かる。

 だが……。


「ぐっ⁉ 足がっ!」


 足元の土が変形して彼の足をからめとる。

 どうやらあのスライム使いが妨害したようだ。


 その隙にトゥナが襲い掛かり両足で強烈な蹴りをお見舞いした。


「ぶっは!」


 勢いよく蹴り飛ばされるダクト。

 彼は数メートルほど吹っ飛んで身動きが取れなくなってしまう。


「ちくしょう……イルヴァ、ぶちかませ!」

「雷よ、轟き叫べ。

 空を切り裂き、大地を照らし、

 かの者にその存在を知らしめよ!

 サンダーボール!」


 イルヴァは魔法を発動。


 数十発の電撃弾を発生させて全弾放出。

 紫電をまとったエネルギーの結晶がトゥナへ向かって放たれる。


「くそっ!」


 慌てて回避するトゥナだが、あまりに数が多すぎた。

 電撃弾一発が彼女の身体を捉える。


「ぐぉおおおおおおお⁉」


 悲鳴を上げるトゥナ。


 流石にこれは堪えたのか大地に降りて膝をつく。


「なんでぇ⁉ あの人、まだ生きてるよぉ⁉」

「追加でもう一発お見舞いしてやれ!

 あと少しの辛抱だ! 転移魔法は……え?」


 マティスがアリサの方を見ると、そこには目を疑う光景が広がっていた。


「危なかった……あと少しで逃がすところだったぞ」


 アリサの背後から組みつき口元を抑えて詠唱を中断させるヴァンパイア。

 メイド服を着ているその女の正体は――


「おっ、お前は……まさか……」

「どうやら余の正体に気づいているようだな。

 だが、あえて名乗ってやろうではないか。

 余はイスレイの魔王。

 ハーデッド・ヴァレントである!」


 唐突な増援の出現にマティスは気が遠くなるのを感じた。


 あと少しのところで魔王が現れたのだ。

 あまりの絶望感に心が挫けそうになる。

 だがしかし。


「うるせぇ! 何が魔王だ!

 やってやろうじゃねぇか!」


 彼は強がった。

 頑張って強がった。


 まだ負けを認めるのは早い。

 少しでも足掻いてチャンスをつかむのだ。


「アリサからぁ……アリサから離れろぉ!」


 そう叫んだのはイルヴァ。

 彼女は首に巻いていたチョーカーを引きちぎると、その場で叫び声をあげる。


「うああああああああああ!」

「止めろイルヴァ! アリサを巻き込むぞ!」


 マティスが止めるのも聞かず、イルヴァはハーデッドへと突っ込んでいく。


「面白い、余と戦うつもりか?

 正々堂々、真正面から受けて立とうではないか!

 来るがよい!」


 人質に取っていたアリサを投げ捨てるハーデッド。

 迫りくるイルヴァを正面から迎え撃つつもりだ。


「ああああああああああ!」


 イルヴァが走りながら両手を前に突き出すと、その手先には魔法陣が錬成される。


「なに⁉ 無詠唱だと⁉

 おまけに同時に二つの魔法⁉」


 驚愕するハーデッド。


 魔法使いが魔法を発動するには詠唱が必要。

 なので、一度に一つの魔法しか発動できない。


 ある条件を満たすことで、無詠唱で魔法を発動することができる。

 その条件とは、体内に蓄えたマナが一定数を超えること。


 マナとは、魔法を発動する為に必要なもので、具体的に量を表す数値などはない。


 マナを溜める方法は人間も魔族も共通している。

 祈りをささげるか、魔法で敵を殺して生贄を捧げるか、そのどちらかである。


 例外として魔女は別の方法でマナを蓄えることもできるが、基本的にこの二通りしかない。


 イルヴァの見た目は幼く、まだそれほど歳をとっていない。

 無詠唱が可能になるほどのマナを祈りだけで溜めたとは、とても思えない。


 この少女は大勢の命を殺めている。

 無詠唱での魔法発動は、そう推測させるのに十分な要素であった。


「あああああああ!」


 イルヴァは叫び声をあげながら大量の魔法を発動する。


 放たれたのはファイアボールとサンダーボール。

 どちらも汎用的な魔法であり、遠距離での攻撃にはよくもちいられる。


 対人戦闘では十分すぎる威力を発揮するが魔王相手となると心もとない。


 しかし、それなりの数を用意すれば話は別。

 イルヴァが放った魔法は百発近く。

 このレベルの術者は世界でも数えられるばかり。

 ハーデッドでさえ驚愕を隠せない。


「このおおおおおおおお! 猪口才ちょこざいなっ!」


 ハーデッドは迫りくる魔法の全てを素手で払いのけて防いだ。

 あまりに早い手さばきは、肉眼で視認できず、彼女の腕が消失したかのように見える。


 流石は魔王と言ったところか。

 膨大な量の魔法を難なくいなす。


「あああああああ!」


 イルヴァは攻撃を続ける。


 次々と魔法を発動する彼女の姿は普段とは似つかない修羅のような恐ろしきさま。

 理性を失った彼女の姿にアリサは恐怖を覚える。


「ねぇ、マティス! どうなってるの⁉」

「アイツは首に巻いてたチョーカーで、

 自分の力を制御してたんだよぉ!

 封印を解いたら無詠唱で魔法が使えるんだが……。

 暴走してバケモンになっちまう。

 ああなると手が付けられねぇんだ!」

「そんな……」


 言葉を失うアリサ。

 マティスの言う通りなら、イルヴァは自らを顧みずに戦い続けるだろう。


 彼女に力を使わせたのは私だ。

 アリサは自分の失態を責める。


「感傷に浸ってる暇はねぇぞ!

 さっさと転移魔法の詠唱を始めろ!

 鳥人間の方も復活し始めた!」


 マティスが言う。


 魔法攻撃を受けてひるんだトゥナだが、この数秒で戦う気力を取り戻したようだ。


「舐めてたよ、やるじゃないか。

 歴戦の戦士を侮ったことを詫びよう。

 その無礼に報いるには、

 最大の敬意を表して戦わないとね。

 あたしの切り札、見せてあげるよ」


 そう言ってトゥナは額に貼ってあった絆創膏を剥がす。


 いったいその行為に何の意味があるのか。

 疑問に思うマティスだが――


「……は? なんだそりゃ⁉」

「驚いたかい? 第三の目だよ」


 トゥナが額の絆創膏を剥がすと、うっすらと横一文字に傷口が現れる。

 それがぱっくりと割れて大きな瞳が姿を現した。


「あたしにはサイクロプスの血が流れてるのさ。

 これは父から受け継いだ目。

 どうだい? 綺麗だろう?

 あたしの自慢なのさ」

「だからどうしたってんだよ!

 目が一つ増えたからってなんなんだ!」


 マティスが言うと、トゥナはにやりと笑う。


「アンタたちが普段、力を制限しているように、

 あたしも自分の力を抑えてんのさ。

 ここからが本番だよ。

 あたしの本気をみせてあげる」


 そう言ってハルバードを構えるトゥナ。

 さっきよりも気迫が増したように感じるのは決して気のせいではないだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ