235 力を使うと幼児退行する呪い
「爆裂閃光剣!」
必殺技を発動したマティスは壁へ突っ込んでいく。
すると……。
ずどおおお…………ん!
壁には人が一人通れそうな穴が穿たれ、別の空間へと続いていた。
「ほらっ! ここから逃げるぞ!」
マティスは穴の中へ飛び込む。
「ちょっ! 待ちなさいよ!」
「ええっ……置いてかないでぇ!」
「まてまて! 何なんだその空間は⁉
本当にそっちへ行って大丈夫なのか⁉」
戸惑いながらも三人はマティスの後に続く。
「逃がしたらダメですの! 後を追うですの!」
ヴァンパイアの女は部下たちに指示を出す。
しかし……。
「うわぁ! つっかえた!」
「挟まって動けない……」
「むぎゅう!」
「なにやってるですの! この馬鹿ども!」
獣人たちは同時に穴をくぐろうとしたので動けなくなってしまった。
「はっはっは! あいつらバカだぜ!」
高笑いするマティスは、してやったりと言った様子で勝ち誇る。
「ねぇ、なんで空洞があるって分かったの?」
「おいおい、アリサぁ。
お前、地図は読めねぇのか⁉
ここにちゃーんと書いてあるだろうが!」
紙切れをひらひらと振るって見せるマティス。
下水道の地図は複雑に書き込まれており、現在地を特定するには時間がかかる。
彼は正確に地図を読み解いて、どこへ行けば逃げられるのか把握していたのだ。
「すごいわね……アナタ」
「だろ? 見直したか?」
「あまり調子にのらないの。
で、次はどこへ行けばいいの?」
「このまままっすぐ進めば……」
「ちょ! 前見て、前!」
アリサが叫ぶ。
慌てて立ち止まると……。
ぬぅ。
曲がり角から巨大なスライムが姿を現す。
水色の身体に、黄色い眼球。
明らかにこちらへ敵意を向けている。
「ちっ! 新手か!」
「どうするマティス⁉
手間取ったら後ろの奴らに追いつかれるぞ!」
「大丈夫だダクト! 考えがある!」
「なんだ⁉」
「お前がなんとかしろ!」
「……え?」
固まるダクト。
「あれ使えよ、あれ」
「ええっ……ここで?」
戸惑うダクトだが……。
「待つですのー! ユージさまを返すですのー!」
背後から敵が近づいて来ている。
迷っている暇はない。
「くそっ! やるしかないのか!」
ダクトはそう言って服を脱ぎ始めた。
「え? なんで脱ぐの⁉」
アリサが困惑して声を上げる。
上半身裸になったダクトはスライムに向かって両手を突き出す。
深く息を吸い込んで精神を統一し、一気に力を放出する。
すると……。
「うおおおおおっ! ドンっ!」
ダクトが大声を上げると同時に、スライムの身体に大きな穴が穿たれる。
身体の大部分を欠損したスライムは形を保てなくなり、どろどろの液体へと変わる。
「ダクトは普段からエネルギーを蓄え、
いざという時に備えてるんだ。
鎧を脱ぐとあんな風に力を発揮できる。
だが……」
マティスはダクトの肩にそっと手を置く。
「この力を使うとなぁ……ダクトはなぁ……」
「ばぶううううううううううううう!
ままあああああああああああ!」
「一時的に幼児退行するんだ」
「「ええっ……」」
普段は寡黙で落ち着いているダクトが、こんな風に取り乱すとはとても信じられない。冗談とかではないのだろうか?
アリサもイルヴァも目の前の光景が信じられず、困惑気味に顔を見合わせる。
「ままぁ! ままぁ!」
「はいはい、よちよち、ままでちゅよー」
「「うわぁ……」」
ダクトの頭を優しく撫でるマティス。
あまりに慣れたその手つきに二人はドン引き。
いい年したおっさんが幼児退行する様子は、とても見ていられない。
「別にこれが初めてってわけじゃねぇんだ。
最初は驚いたけど……まぁ、なんてことはねぇ。
力を使う対価みたいなもんだと思えばいい。
それに、直ぐに元に戻るから安心しろよ」
「でも、そんな状態でどうするの⁉
直ぐに追いつかれちゃうわよ⁉」
「だから落ち着けってアリサ。
そろそろ鎧の力が発動する。
ほら、見てみろよ」
マティスが指をさすと、鎧がぼんやりと赤い光を放っていた。
そして……。
「え? 何これ⁉」
「すごい!」
驚愕するアリサとイルヴァ。
鎧が発した光は球状のバリアを形成し、下水道の天井や壁際まで広がっていく。
試しに触ってみると赤く透明なバリアはとても固く、質感はまるで鋼鉄のよう。
「これは一時的に空間を遮断する魔道具だ。
ダクトの力も同系統の付呪魔法で抑えている。
簡単には壊れねぇから、敵も追ってこれないだろう」
「最初からこれを使えばいいじゃない。
なんで出し惜しみしたの?」
アリサは首をかしげる。
「そりゃ、ダクトのリミッターだからな。
簡単には外せねぇんだよ。
つっても、常時着てるわけにもいかねぇし、
寝るときとかは普通に外すんだが……。
アレが無いと色々と不便なんだわ」
「敵の足止めに使ったら回収できないから、
そう簡単には使えないってわけね」
「そういうことだ。
おいダクト! そろそろ元に戻れよ!」
マティスが声をかけるとダクトは……。
「おぅ……おお……すまない。
どうやら大丈夫のようだ……ばぶぅ」
「まだ完全に戻ってるわけじゃねぇみたいだが、
正気は取り戻せたみたいだな。
自分で立って歩けるか?」
「……なんとか」
フラフラと立ち上がるダクト。
力を使ったことで疲弊しているらしい。
「ねぇ……本当に大丈夫なの?」
アリサは不安そうに尋ねる。
「心配には及ばんぞ。
それよりも醜い姿を見せて悪かったな。
俺はかつて異形の者と契約を結び、
力を授かった。
しかし……その呪いで……」
「そのことはもういいから、気にしないで。
私もイルヴァも、誰にも言わない。
約束するわ」
「ああ、頼んだ」
仲間の知らない一面を知ったアリサ。
まさかこんな呪いが存在するなんて、夢にも思わなかった。
「なんですのこれは⁉ さっさと破壊するですの!」
バリアの向こうでヴァンパイアが喚いている。
手下の獣人たちが攻撃を加えるが、傷一つ付けられない。
「無駄だ、そのバリアは超強力だからな。
お前たちじゃぁ一日かけても破れねぇよ」
「むきー! 人間風情が偉そうですの!
直ぐに追いついて八つ裂きにしてやるですの!」
「セリフがいかにも噛ませ犬って感じだな。
そんなんじゃ俺たちは捕まえられねぇぞぉ!」
悔しがるバンパイアに向けて、指で侮辱のサインを送るマティス。
「噛ませ犬はお前だろうが」
頭陀袋の中の骸骨がつぶやいた。




