233 下水道での戦い
マティスたちの目の前に現れたのは数日前に戦ったリザードマンの男。
奴の実力はマティスにまったく及ばず、一方的なまま戦いが終わった。
にもかかわらず……。
「今度は絶対に負けないッス!
お前たちの運命もここまでッス!」
自信満々に宣言するリザードマン。
マティスはやれやれと肩をすくめる。
「おいおいおい……。
この前ぼろ負けしたトカゲ男君じゃねぇかぁ。
負け犬野郎が自信満々にイキっても、
まったく怖くねぇっての」
「確かに……この前は手も足も出なかったッス。
けど、今回、自分は地の利を得たッス!
これからリザードマンの本当の恐ろしさを、
とくとご覧に入れて差し上げるッス!」
そう言ってリザードマンの男は……姿を消した。
「なっ……アイツ逃げやがったぞ⁉」
「違うな、逃げたんじゃない。
姿を消して攻撃の機会をうかがっているんだ」
ダクトが言った。
「攻撃の機会……だぁ?」
「聞いたことがある。
リザードマンには特殊な器官が備わっていて、
暗闇でも生物の位置を特定できるという。
俺たちが何処へ隠れようが、
あいつにはお見通しってことさ」
「げっ……マジかよ」
冷静に考えれば、光を灯している時点で、自分たちの居場所を白状しているようなもの。暗闇で位置を特定できるからと言って、状況が一気に不利になったわけではない。
しかし、仮に明かりを消しても、敵からはこちらの様子がまるわかり。
どこに隠れても発見されてしまう。
割と厳しめの状況である。
「ここにいても仕方がねぇ。
トカゲ野郎の相手をしてやる必要もねぇし、
ここでグタグタ時間を消費するのも勿体ねぇ。
先をいそ――危ねぇ! 伏せろ!」
マティスの言葉に反応した一同は素早く身をかがめて攻撃に備える。
すると、彼らの頭上を何かが通り過ぎた。
どうやら投擲武器で攻撃されたらしい。
「ちっくしょう……舐めやがって!」
「どうする? 明かりを消す?」
アリサが尋ねる。
「どっちにしろ敵からこっちは丸見えだ。
さっさとぶっ殺した方が早い」
「じゃぁ、戦うの?」
「今ので敵のいる方角は分かった。
一瞬で勝負を決めてやる」
マティスは剣を抜き、霞に構える。
しばらくその態勢を維持すると、刀身の周りにバチバチと光るエネルギーが発生。
そして……。
「くたばりやがれトカゲ野郎!
電撃断絶剣!」
彼が剣を振り払うと強力なエネルギーが発生。
まっすぐに目標へ向かって飛んでいく。
「はっはっは! これでどうだ⁉」
「…………」
敵の悲鳴は聞こえない。
空振りに終わったようである。
今度は別の方角から投擲武器が飛んできたので、マティスはそれを剣ではじいて攻撃を防いだ。
「おい! 何処に隠れてやがる!
姿を現して正々堂々、俺と勝負しろ!」
「…………」
当然、返事はない。
それから何度も必殺技を発動するが、無駄に疲労感が増すばかり。
マティスは何度か大きく息を吸って呼吸を整えると、悔し気に地団駄を踏む。
「バカにしやがって! 戦え! 逃げんな!」
「マティス! 落ち着け!
感情的になってどうする⁉
敵はもう別の場所へ逃げたんだ。
こんなところで体力を消耗したら、
苦労するのは俺たちだぞ」
「うるせぇ!」
ダクトの言葉に、感情的に答えるマティス。
このままではいけないと、頭では分かっている。
しかしどうしても感情をコントロールできない。
「おいおい、マティスぅ。
そんな調子で本当に大丈夫かぁ?」
頭陀袋の中にいる骸骨が言う。
落ち着きかけた感情が再び高鳴る。
青筋に血管が浮かび上がったのが、彼にもよく分かった。
「マティスぅ! クソ勇者のマティスぅ!
せいぜい頑張ってくれよぉ!」
「うるせぇ! 黙れクソ野郎!」
挑発を続ける骸骨にマティスはウンザリした様子だ。
「マティス!」
「何だよアリ……うわっ⁉」
アリサは両手でマティスの頬を挟み、自分の方を向かせる。
彼は思わず目を逸らすが……。
「だめ、私の目をじっと見て……」
「おっ……おぅ」
視線を彼女の瞳へと向ける。
まっすぐに見据える彼女の瞳から、ゆるぎない強い意志を感じた。
落ち着くどころか、むしろ鼓動が早まってしまう。
「マティス。よく聞いて。
私たちは今、かなーり追い詰められてる」
「ああ……そうだな」
「だから、敵を上手く倒せなくても、
罵られて、馬鹿にされたとしても、
絶対に怒ったりしないで。
お願いだから……ね?」
「……分かった」
母親が幼子を諭すような優しい言葉に、マティスは戸惑いを隠せない。
しかし、彼女の言葉を聞いて冷静さを取り戻せた。
「悪かったな、ダクト。
さっきは怒鳴ったりして」
「いや、いつものことだ。
わざわざ謝られるようなことでもない。
いちいちこんなことで謝罪していたら、
お前は永久に額を地面から離せなくなるぞ」
「ぷっ……だな」
ダクトがにやりと口元をゆがませるとマティスもつられて笑ってしまった。
「はいはい、仲良しごっこ、ご苦労さん」
骸骨が何か言っているが誰も反応しない。
その言葉はむなしく響くだけだった。




