231 頭部を失わない限り新しい身体に乗り移れない
俺は城を連れて、パレードの見物に向かった。
今のところ問題は起こっていない。
目立った混乱も起こらず、民衆も落ち着いている。
上空ではサナトの花火が夜空を七色に彩り、普段の日常とは異なる光景を作り出す。初めて目にする住人たちは目を輝かせ、食い入るように空を見つめていた。
花火のお陰でだいぶ祭りらしくなったな。
今回のMVPはアナロワとサナトで決まりだ。
何事もなく進行しているので、俺が出張って何かする必要はない。
このままトラブルなく終われば大成功。
何も起こらないことを祈るばかりだ。
ただ……心配な点が一つ。
ハーデッドの姿が見えないのだ。
今、何処にいるのだろうか?
彼女に関する問題は全て解決済み。
自分から問題を起こすような人でもないので放っておいても大丈夫かと思う。
しかし……妙に不安だ。
胸騒ぎが収まらない。
「ユージさま、ここにいらしたんですね?」
不意に誰かが話しかけて来た。
この声は――
「なんだ、セレン……貴様か。
何かあったのか?」
「それが……ハーデッドが……」
「え? 彼女に何かあったのか⁉」
「しっ! 声が大きいですよ。
誰かに聞かれたら大騒ぎに……」
ハーデッドのことで、もうトラブルは起こらないと思っていたが……甘かった。
真祖の血を狙うアンデッドたちが、まだ領内に潜伏していたのだ。
敵はウェヒカポだけじゃなかったらしい。
くそっ、油断した。
もう大丈夫かと思って自由にさせたのが間違いだったな。
「どこだ⁉ 彼女はどこにいる⁉」
「こっちです!」
セレンは裏路地へと案内する。
俺も彼を追って……。
「ユージ。待って」
シロが引き留める。
「シロ、今は構ってやれん、後にしてくれ」
「でも……」
「でもじゃない、緊急事態なんだぞ」
「でも……あの人は……」
「話はあとで聞いてやるから、
ちょっとここで待ってろ」
俺はシロを木箱の上に座らせ、セレンの後を追って裏路地へと入った。
「ハーデッドはどこだ⁉」
「こっちです!」
セレンは奥の方へと俺をいざなっていく。
道は入り組んでいて走りにくい。
人気もほとんどなく、滅多に人が入り込まない場所だ。
こんなところになんでハーデッドが?
ふと俺は疑問に思った。
「……どうしたの?」
セレンは振り返って、立ち止まった俺に目を向ける。
「こんな場所にハーデッドが?
嘘をつくな……おかしいだろう」
「いいや、彼女ならいるよ。ほら、そこに……」
セレンは俺の後ろの方を指さす。
背後に気配を感じて振り返ろうとすると――
スパァンッ!
俺の首が吹っ飛んだ。
視界がグルグルと周り、どさっと地面に頭部が落ちる。
首を失った俺の身体が、ゆっくりと崩れ落ちていくのが見えた。
「ハッハッハぁ! これでお前も終わりだなぁ!」
「この声……マティスか⁉」
「その通り、俺だよ。マティス様だよ。
ざまぁねぇなぁ! このクソ骨野郎!」
マティスは俺の頭部を拾い上げ、自分の方を向かせる。
「この状態じゃ何もできねぇよなぁ?
まさに手も足も出ない状態ってわけだ」
「ふんっ、このクソ勇者が。
街のど真ん中でこんな狼藉を働いて、
タダで済むと思うなよ」
「俺を挑発したって無駄だぜ?
頭蓋骨を壊させようってんだろ?
これが壊れたら、魂だけになって、
どこかへ飛んで行っちまうもんなぁ」
「…………」
コイツは俺が身体を消失しない限り、魂の状態になれないことを知っているのか?
「さぁな……どうだか?」
「とぼけたって無駄だぜぇ、クソ骨野郎。
この前、俺たちの目の前で頭蓋骨だけになって、
あのトカゲ野郎にあれこれ指示してただろ?
んで、あいつに自分から頭を壊すように言った。
てことはつまり……」
「…………」
「お前は頭部を失わない限り、
新しい身体に乗り移れないってことだ。
……違うか?」
「…………」
的確に見抜いてやがる……。
目の前で身体を壊させたのは失敗だったか。
どうせなら下水道の中でやればよかった。
もう何もかも遅すぎるが……。
「ユージ!」
シロの声がする。
心配して後を追ってきたのだろう。
「おおっ? もしかしてお前の連れか?
イルヴァ! アリサ! 捕まえろ!」
「はいはーい!」
「もう! 人使い荒いんだから!」
マティスが言うと、物陰から二人が現れてシロを追いかけ始めた。
「シロ! 逃げろ!」
「分かった」
「いいから早く! って、え?」
「助けを呼びに行く」
シロはさっさと逃げ出す。
あっさり過ぎて面食らう。
シロは塀の小さな穴へもぐりこみ、イルヴァとアリサに捕まることなく逃げ切った。
「ああもぅ……逃げられちゃった」
「どうするのマティス?
直ぐにそいつの仲間が来るよ」
「さっさとずらかれば問題ねぇ。
転移魔法でおさらばだ」
転移魔法。
んなもん使われたら、
速攻で街の外へ逃げられてしまう。
俺の頭部もこいつらに持ち去られ、どこかへ封印されてしまうのだ。
そんなことになれば、もう二度と復活できない。
「おい、セレン。なんとかしろ。
俺を助けてくれ」
「そう言われてもねぇ……」
肩をすくめるセレン。
コイツは最初から勇者たちの味方だったのか?
くそっ……もっと慎重になるべきだったな。
シロが俺を呼び止めたのは、こいつが嘘をついていたからだ。
きちんと彼女の話を聞いておけば……。
「それにしても解せんな。
何故、俺を助けようとした。
手を貸さなければウェヒカポが勝利していたはずだ。
わざわざこんなことをしなくても目的は達成されただろうに」
「それは……」
セレンは戸惑う。
彼はなぜ俺を助けるために戦ったのか、自分でもよく理解していないらしい。
まぁ……戦う理由なんて人それぞれだろう。
成り行きで俺を助けただけなのかも。
「ハーデッドのことはいいのか?
そっち側についたら、もう彼女とは会えないぞ」
「うん……それは仕方ないと思ってる」
「そうか、いろいろ悩んだんだな、お前も」
「そうだね……」
彼なりに葛藤したらしい。
どういう心情の変化があったかは分からないが、向こう側に付くと決めたのだ。
説得は難しいだろう。
「そんじゃ、アリサ。
さっそく転移魔法を頼むぜ」
「うん、分かった」
アリサは転移魔法の詠唱を始める。
詠唱文の長い魔法で発動までに時間がかかるが、この僧侶は使い慣れているようだし、数分もすれば唱え終えるだろう。
俺の人生も同時に終わる。
「おい、あれはなんだ⁉」
戦士ダクトが空を見上げながら言う。
屋根と屋根の隙間から覗いた夜空に、一筋の光が昇っていくのが分かる。
あれは……警戒信号弾?
確かフェルたちに装備させた物だが……。
花火が打ち止めになり空に暗闇が戻る。
信号弾の光だけが空へと残り、真っ暗な空で輝き続けていた。
そして……ほんの少しだけ間を置いて、夜空に次々と魔法陣が錬成されていく。
大小さまざまな文様の光が瞬く間に街全体を覆ってしまった。
「いっ……いったい何が起こってやがる……。
おい、クソ骨! なんだこれは⁉」
マティスが怒鳴る。
俺に聞かれても知らんがな。
「あっ……」
アリサが詠唱を止めた。
「どうしよう……魔法が使えない」
「なんだとっ⁉」
マティスの顔色が変わった。




