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230 閃光の彼方

 魔王城の中庭には大勢の兵士が集まり騒がしくなっていた。


 獣人とオークがひしめき合い、あたりの温度が急激に上昇。

 軽く雲がかかったかのように空気が白く濁っている。


 その光景をミィはぼんやりと眺めていた。


 黒い甲冑をまとった彼女は自分の出番が来るのを待つ。兵士たちが列を作って出発するまでここで時間をつぶすしかない。


「~♪ ~♪」


 自然と鼻歌を歌っている。

 ベルが聞かせてくれた歌だ。


 あれ以来、彼女の鼻歌がうつってしまった。

 やけに耳に残るメロディで、気づくと歌ってしまっている。


 ……いったい誰が作った曲なのだろうか?


「おお、ミケよ。ここにいたのか」


 魔王がやってきて声をかける。


「…………」


 この状態で声を出すと正体がばれるので、ミィは黙って頭を下げた。


「魔王さまー!」


 クロコドがやってきた。


「そろそろ、先頭が出発します。

 わしは先に街へ出ますので、これで。

 魔王様は係の者が呼びに来るまでお待ち下さい」

「うむ……民衆から失望されぬよう、堂々とした態度で臨むのだぞ」

「ははっ!」


 クロコドは一礼すると、元来た道をどたどたと走って行った。


「あの男も、なかなかの働きものでな。

 見かけによらず繊細で兵士たちからの信頼も厚い。

 頼りになる存在なのだ」


 彼の背中を見送る魔王は誇らしげに語る。


「…………」


 とりあえず相槌を打っておいた。

 他に答えようがない。


「黒騎士よ、貴様は生まれて間もないから、

 まだよく分からないとは思うが……。

 世の中は信頼関係で成り立っている。

 誰かを信じるのは、全てを託すことなのだ」

「…………」

「託す相手が多ければ多いほど、

 より多くの物事を動かせる。

 貴様の主人であるユージもまた、

 仲間を多く持った頼りになる存在だ。

 奴になら安心して仕事を任せられる」

「…………」


 全て丸投げしているだけじゃ?

 ミィは心の中で突っ込んだ。


「さて……我々もそろそろ行くとしよう。

 主役が遅れては話にならんからな」

「…………」


 魔王が歩き出すとミィは黙ってその後に追従する。


 彼女が託されたのは魔王を守る仕事。

 そもそも彼は一人でも十分強いので、護衛が必要なのかと疑ってしまう。


 それでも、ユージから任された大切な仕事。

 おろそかにはできない。


「魔王様! こちらへどうぞ!」


 アナロワと呼ばれているゴブリンが魔王を案内する。


 魔王城の前には大量の兵士が集まっており、既に列を作っていた。


「次! B班! 前へ!」

「C班待って! まだこっちへ来ない!」

「D班! E班! 最終確認! 点呼!」


 ゴブリンたちが指示を出している。

 彼らの指示に従いながら、兵士たちは落ち着いて行動して順番に城門から出発していった。



 ざっざっざっざ……。



 足並みをそろえて行進する兵士たち。

 その動きは何ともぎこちなく、動作もバラバラだった。


 しかし……妙な一体感が生まれている。


 誰も文句を言わず整然と列を作り出番を待つ。

 獣人もオークも他の種族の者たちも、意思を一つにしてこのイベントに参加している。


 一列になって街を行進する。

 ただそれだけのことなのに誰もがその行動に誇りを持ち、意義を見出しているのだ。


「魔王様、そろそろ出発しますので、

 準備を整えておいてください」


 アナロワが言った。

 彼が出発のタイミングを教えてくれると言う。


「うむ……」


 腕組みをしたまま前を向き、小さく、しかし力強く答える魔王。


 出番が近づいている。

 そう思うと、自然と緊張してしまう。

 魔王に付き添って歩くだけだというのに、いったい何を怖がる必要があるというのだ。


 大きく息をして逸る気持ちを落ち着かせる。

 呼吸しているのが魔王にばれないかと、チラチラと様子を伺いながら慎重に。


 あれから次々と兵士たちが出発したが、まだ自分たちの順番は回ってこない。


 魔王は微動だにせず出番を待っている。

 ミィも彼の隣で同じようにして出番が回って来るのを待った。


 待つだけというのは非常に冗長で、長い時間を過ごしているように感じた。

 緊張感と焦燥感が混ざり合い、彼女の心をドクドクと刺激する。


「魔王様、お待たせしました。こちらへ」


 アナロワが声をかけて来た。

 魔王は黙って歩き出す。


 王が乗るための地竜が用意されており、その周囲には豪華な装飾の鎧を着た兵士が待機している。

 護衛の為に集められたエリートたちだ。


「魔王様、ご出陣っ!」


 アナロワが声を上げると、エリート兵たちがゆっくりと歩き始める。

 地竜に跨った魔王はペースを合わせ、ゆっくりと進み始めた。


 行進の速度は思っていたよりも遅い。

 街の外へ出るのに時間がかかるだろう。


 大通りへと出ると、さっそく民衆の歓声が聞こえてくる。


 通りの両側を獣人たちが埋め尽くし、手にした旗やハンカチを振っていた。


 その熱気たるやすさまじく、甲冑を着ているミィの肌にも伝わる。まるで熱湯風呂に肩まで浸かったような熱さを感じるのである。


 民衆の前にはゴブリンたちが立っており、槍を横に持って彼らが前へ出ないようにしている。民衆たちもその境界を越えようとはせず、秩序を保ってパレードを観覧していた。


「魔王様っ!」

「レオンハルト王!」

「ゼノ万歳! 魔王万歳!」


 民衆は大声で魔王に声をかける。

 レオンハルトは落ち着いた様子で、竜上から彼らに手を振ってこたえている。


 ミィはその様子を後ろからボーっと眺めていた。


 王とは民衆の期待に応えるもの。

 彼は十分にその役割を果たしている。

 ユージが仕えるに値する人物なのか、ずっと疑問に思っていたが……彼は相応ふさわしい人物なのかもしれない。


「黒騎士さまっ!」


 どこからか聞きなれた声がする。

 あたりを見渡すと、シャミの姿が目に付いた。

 その隣にはベルの姿もある。


 二人は特別にあつらえた服を着ている。

 カジュアルなワンピースに店の名前の刺繍を施したものだ。


 興奮した様子で手を振るシャミ。

 その隣でベルも控えめに手を振っている。


 二人の注目が自分へ向けられたものだと気づき、ミィは手を振り返す。すると彼女たちはとても嬉しそうに手を取り合って喜んでいた。


 誰かから好意を向けられるのは悪い事ではない。

 むしろ、ちょっと嬉しいくらいである。

 それが深い関係である相手なら特に。




 ドン! ドン! ドン!




 突然、爆音がとどろく。

 驚いて空を見上げると、暗くなり始めた空に花火が打ち上げられていた。

 美しい七色の光の花が空中で咲き乱れ、余韻を残してはかなげに消えていく。


 はるか上空で咲き乱れる花火を見て、ミィはとても懐かしい気持ちになった。

 元居た世界でも同じように空を眺めて心を躍らせたのを覚えている。


 その時は誰かに手を引かれていたと思う。

 いったい誰だったのか……。


 遠い記憶を呼びよこそうとするも、何も思い出せないまま記憶が途切れる。


 失ってしまった命。

 途切れてしまった絆。

 かつて彼女を愛した本当の家族。


 それらの記憶は閃光の彼方に溶けて混ざり、見えなくなってしまった。

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