222 なぞのぶったい
「これは……?」
クロコドが俺に見せた物。
それは桐の箱に収まった得体の知れない物体。
赤黒いその物質は細かく脈打っており、蠕動を繰り返している。
「貴様も話には聞いていると思うが……。
ハーデッドを圧倒した人型の化け物。
その身体の一部だ」
ああ……暴走したミィの身体か。
クロコドが戦ったと聞いていたが、その時に偶然手に入れたのだろう。
「奴と戦った時、わしは無様に敗北した。
軽く吹き飛ばされてしまったのだが……。
わしの身体にこれが付着していたのだ。
恐らく、戦っているうちに切り離されたのだろう」
「それで……これをどうするおつもりで?」
「それが分からんから相談しておるのだ。
わしには皆目見当もつかん」
そりゃ、困るわな。
さっさと処分してしまえとしか言えん。
大切に保管しておくような代物でもないし。
ミィが正気に戻った時に、彼女がまとっていた物質は全て剥がれ落ち、その場で消失した。
これが残っているのはなんでだろうか?
切り離されたから?
詳しい奴に調べてもらわないと分からんな。
「見てみろ、これは形を変えるのだ」
「ほう……どのようにですか?」
「こうやってつつくとだな……」
クロコドが指先で物体をつつく。
すると……。
「おおっ、形が変わりましたね」
「うむ……あの化け物と一緒だ」
物体は身体の一部を硬化させ、鋭いナイフのようになった。
暴走したミィは身体から伸ばした管を剣のように変質させていたと聞く。
これにも同じ力があるようだ。
しばらくすると、物体は元の形に戻り、再び蠕動を始める。
動いているということは……生きているのだろうか?
もし生物ならシロが判別できるはずだ。
「シロ。コイツに心があるか分かるか?」
「……ない。
自分の意志を持たない、
操られるだけの傀儡」
「なるほど」
なんだかよく分からんが、これが普通の生き物ではないことが分かった。
「これをどうすればいいと思う?」
俺は再びシロに尋ねる。
「もっと安全な場所で保管すべき」
「例えば?」
「私の中」
「……は?」
シロはおもむろに桐の箱へと手を伸ばした。
そして……。
「……ぱく」
「え⁉ 何してんの⁉」
シロはそれを手に取り、口の中へ含む。
そして一気に飲み込んで腹の中へ納めてしまった。
「え? あっ⁉ ええっ⁉」
突然のことに混乱するクロコド。
流石のこいつも驚いたらしい。
「おいシロ! んなもん食ってどうする気だ⁉
さっさと吐け! 出すんだ!」
「大丈夫、心配しないで」
「心配するかどうかの問題じゃない!
それはクロコドさまの所有物なんだぞ⁉」
「ユージは私よりも、他人の損得が心配?」
「そう言う話じゃないだろ!」
俺はシロの背中をバンバンと叩く。
するとクロコドが慌てて止めに入った。
「おいおい、そんなことをする必要はないだろう。
シロという少女が可哀そうではないか」
「でっ……ですが……」
「アレについては別に構わん。
どう扱えばいいか分かりかねていたので、
貴様に相談しただけの話だ。
責任さえとってくれるのなら、
わしは何も言わん」
つまり……ここから先は全て俺の責任と。
そういうわけですね?
まぁ、シロが勝手に食ってしまったわけだし、俺が最後まで面倒を見よう。
「分かりました、クロコド様。
アレの処分は私が承ります」
「うむ……頼んだぞ。
しかし、その少女は何者なのだ?
人間でないことは確かだが……」
良く分からないが……シロは物食い虫をもとに作られた人口魔道生命体的な何か。
なんの目的か分からないが、どうやら人間が作ったらしい。
物食い虫がベースになっているので、物体を取り込む力があるのだろう。あのアンデッドらしき存在の欠片も、シロの体内に物体として収まったわけだ。
「……なに?」
シロは俺を見てきょとんとしている。
特に問題なさそうなので放っておこう。
「クロコドさま、この件は私が預かります。
ご迷惑をおかけしないように致しますので、
どうかご安心下さい」
「うむ、頼んだぞ」
クロコドは面倒ごとから解放され愁眉を開く。
この物体のことでずっと悩んでいたのだろう。
割と小心者だな、この人。
「それでは……これで」
「ああ、待て。もう一つ話がある」
「まだ何か?」
「マムニール婦人のことだが……」
急に眼をきょろきょろとさせ、そわそわと落ち着かなくなるクロコド。
「あっ、いや……何でもない」
「では、これで」
結局、何も言わなかった。
何を言おうとしていたのか、後でシロに聞こう。
俺はシロを連れて自室へと戻った。
「お疲れ様だったな、シロ。
今日は一日魔王と遊んで、疲れただろう」
「それほどでもない。私はこれを振り回していただけ」
そう言ってねこじゃらしを取り出すシロ。
これと戯れて遊ぶ魔王の姿を見てみたい。
「それにしても……。
クロコドはなんて言おうとしたんだ?」
「マムニールとの間を取り持って欲しい。
彼はそう言うつもりでいた」
「え? そうなの?」
「でも、はずかしくなって途中でやめた」
あのヘタレ野郎めぇ。
正直に言えば協力してやっても良かったのに。
しかし……。
「クロコドはマムニールに好意を抱いているんだよな?」
「……そう」
「じゃぁ、あいつが夫人の家族を殺したのは……。
マムニールを自分の妻にする為か?」
「ユージは誤解している。
クロコドは彼女の家族を殺していない」
え?
てことはやっぱり白?
以前から疑問には思っていたが、クロコドは隠れて人を殺すような悪人ではない。敵対する俺に対しても理解的に接しているし、そんなに悪い奴には思えないんだよなぁ。
マムニールの家族についても、俺は彼が犯人ではないと思っていた。
シロが言うのであれば、もう間違いない。
クロコドは彼女の夫と息子を殺していない。
だとすると……ベルが嘘をついていることになる。
彼女はクロコドが殺害したと報告していた。
「なぁ、シロ。
本当は誰が彼女の家族を殺したんだ?」
「それは……言えない」
「え? なんで?」
「知らなくても良いことがある」
シロがそう言うとは思わなかった。
しかし……何故だ?
「俺が知ったら、まずいのか?」
「ユージが知ったら、直ぐにでも解決に乗り出すと思う。
でも、そんなことをしたら、最終的に困るのはユージ。
だから言わない」
「どうして俺が困るんだ?」
「それは……」
シロは少しだけ発言をためらった。
しかし、直ぐに口を開く。
「それは……ユージが望む結末になるとは限らないから。
和解の可能性が残されているのなら、
私はその未来を信じたい」
「俺が直ぐに動いたら、和解できないと?」
「……そう」
和解の可能性?
だとしたら……マムニールにとって、親しい間柄の存在が真犯人?
事件当時、ベルはまだ幼かったはずだ。
彼女に大人の獣人を殺せたとは思えない。
他に犯人がいるとしたら、獣人か、オークか、それとも……。
やめよう。
ここで深く考えても仕方がない。
この件についてはしばらく保留。
後でまた考えることにするか。
「分かった、お前の言う通り。
今回は深く聞かないことにする。
その和解のタイミングとやらが来たら、
俺に真実を教えてくれ」
「うん……分かった」
シロは小さく頷く。
彼女は他者の心を読むことができる。
その危うさを、シロ自身が一番よく分かっている。




